福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
●インタビュー大募集
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花げし舎ホームページ:
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第12回② 淺倉早苗 明日櫻 代表取締役社長
「明日櫻は着物の革命です!」
その言葉に感無量…
明日櫻 代表取締役社長
淺倉 早苗(あさくら さなえ)
1964年生まれ。
北海道東海大学卒業。プロダクトデザイナーを経て、ユニバーサルデザインの着物を考案。2015年、車いすに乗ったまま着られる着物“明日櫻”がグッドデザイン賞を受賞(特許取得)。同年起業。現在、レンタルを中心に全国に向けてユニバーサルデザインの着物を届けている。
取材・文:石川未紀
前回は、誰にでも着られる、着させられる着物をつくろうとしたきっかけと、その開発過程を伺いました。
今回は、“明日櫻”の商品化までと、起業について伺います。
──「誰にでも」着られる着物ということにこだわったそうですね。
はい。高齢者のための、障がい者のための、車いすのための、という考え方はいやだったんです。誰にでも楽しめる着物、それがいちばんのコンセプトです。
実は、私は子どもの卒業式には大島紬の“明日櫻”の着物で出たんですよ。誰も気づきません。しかも、帰りはスーツに着替えて車を運転して帰ってきました。そういう使い方もできるんです。いい悪いではなく、今のライフスタイルに合っているんです。
──なるほど。着付けの知識もいらないなら、一人で着付けることもできて、まさに誰にでも着られる着物なのですね。
だからこそ、開発にはいろいろな状態の方を知ることも大切でした。医療や介護、看護、福祉の方たちともつながっていろいろ情報を収集しました。たとえば、障がいのある方のなかには、じっとしているのが苦手な方もいれば、体をまっすぐにできない方もいる。身長が低い方もいる。今、思い返せば、単なる印象だけでなく、きちんとデータをとって、リサーチすることは大事な作業だったと思います。着物は着るときだけでなく、着ているときにも心地よいかどうかも大事です。着た状態で、トイレなどで問題がないようにするにはどのようにしたらよいのかを、実際に着ていただいた方からお話を伺ったり、介護職の方からの意見を伺いました。そのような話を集約して、分析して、どんな状態の方にも対応しながらも、できるだけ一つの着物で、すべての人たちに対応できる着物を作りたい。そして、どんな困難があっても、着物を着て「ハレの日」を楽しんでもらいたい。その気持ちだけはしっかりと持ち続けていました。
私は、たくさんの方々の知恵をつなげていけば、必ず工夫次第でできると思っていました。
──実際にできあがって、それで起業されたのですね。
はい。ホームページなどで発信すると、多くの方から問い合わせがきました。私の感覚ですが、町で見かけるよりも、たくさん車いすの方がいて、そういう方たちがおしゃれを楽しみたい、ハレの日には着物を着たいと思っている、そう感じました。
テレビや雑誌などにも取り上げていただき、パラリンピックの選手たちにも着ていただくことができました。昨年の成人式に江東区の新成人代表で登壇されたパラカヌー選手の瀬立モニカさんは明日櫻の振袖を着用されました。その際に「着物の革命」と言ってくださってうれしかったですね。 瀬立さんは当初、着物を着ることを諦めておられましたが、明日櫻の着物で振袖を着られて喜んでいただけました。
──それは、お互いにとって最高の出会いでしたね。具体的にはどのような方が利用されているのでしょうか?
お孫さんの結婚式には着物で出席したい、写真だけは着物で撮りたいという高齢者の方や、障がいのあるお子さん、成人式などで振袖を着たいという障がい者の方などですね。
今は正絹の着物をレンタルするというかたちでやっています。どうしてもというお声があれば、オーダーでもお受けすることがあります。
重度の知的障がいのあるお嬢さんも振袖を着て、お化粧をしたら、ふわっとしたいい笑顔をされて、ご両親がとても驚いておられました。私の喜びでもあります。
──ありがとうございました。
次回は会社の運営についてもお話を伺っていきます。