福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第12回① 淺倉早苗 明日櫻 代表取締役社長
車いすでも着られる着物で、施設に入った祖母を喜ばせたい
ものづくりの情熱から誕生した“明日櫻”という着物
明日櫻 代表取締役社長
淺倉 早苗(あさくら さなえ)
1964年生まれ。
北海道東海大学卒業。プロダクトデザイナーを経て、ユニバーサルデザインの着物を考案。2015年、車いすに乗ったまま着られる着物“明日櫻”がグッドデザイン賞を受賞(特許取得)。同年起業。現在、レンタルを中心に全国に向けてユニバーサルデザインの着物を届けている。
取材・文:石川未紀
──車いすでも着られる着物を、開発されたそうですね。それは一体どんなものなのでしょう。
着物を切って、前身ごろを縫い付け、後ろをファスナーなどで止める着物です。座ったままでも簡単に着られ、上下もわかれています。イメージとしては、上はエプロンをつける、下はスカートを巻き付ける感じですね。
──そのような斬新な着物を作ろうと思ったきっかけは何かあったのでしょうか?
私は、大学で芸術工学を学んでいました。卒業後はプロダクトデザイナーとして働いていたのですが、父が急逝して、実家に戻ったのです。その後、地元で結婚して4人の子育てに奔走していました。でも、その間もものづくりをしたい!という気持ちはずっと持ち続けていていました。
そんなとき、祖母が高齢者施設に入所したんです。祖母はいつも、和服をびしっと着ているような粋な女性だったのですが、施設に入ったら、着物どころかおしゃれも楽しめない、と暗い表情になってしまったんですね。祖母を何とか喜ばせたい、笑顔にさせたいという思いがありました。
一方、私自身が持っていたものづくりへの情熱をここにぶつけたい、そんな思いもあったんです。
車いすの祖母にも簡単に着られる、そして着付けの知識がなくても誰にでも着させることができる着物をデザインしようと思ったのです。
──そして、“明日櫻”が誕生したんですね。着物を切って使うという決断は大きかったでしょうね。
もちろん最初から正絹の着物で作ったわけではありません。今は便利ですね。インターネットで5着3000円という化繊の着物があったので、それを購入して実験用に今の“早咲羅”という着物の原型を作り、祖母のところへ持って行ったのです。
でも、祖母には怒られると思っていました。化繊とはいえ、着物を切って作ったわけですから。それに祖母が着ていたようなステキな色でもデザインでもありませんでした。
ところが、祖母はふわーっと明るい表情になって本当にうれしそうな笑顔を見せてくれたんですね。予想に反してとても喜んでくれたんです。
ああ、女性はいくつになってもおしゃれを楽しみたいという気持ちは本能みたいにあるのかなと思いました。
それで、車いすに乗ったままでも簡単に着付けることができる着物なんだから、もっと多くの高齢者や障がい者の方に着ていただきたいという思いが強くなっていったんです。
──それで、この着物の特許を取られたのですね。
はい。でも、すぐに商品化できたわけではありませんでした。むしろ、そこからが試行錯誤しました。
当たり前ですが、高齢者の方も、障碍者の方も、それぞれ体の状態は千差万別で、その特徴に応じたものを作らなければなりません。やはり和装の着物はきちんと着こなしてこそ、というところもあります。一人一人の状態を細かく聞いて、それに応じた型紙を作ったり、紙で作ってみたりしました。
同時に高齢者施設をまわって、ボランティアというかたちで、“明日櫻”の着物を着ていただきました。そこで、どういう工夫が必要かを研究する日々が続きました。
障がい者の方も同様です。車いすの方は下半身だけが細いという方もいらっしゃいますし、腰を浮かせたり、座位を取るのが難しい方もいます。そんな方のために、お尻の部分を丸く切り抜いて、おなかの部分と足先部分だけを留めればよいという着物も開発しました。さすがに丸く切り抜かれた着物を見て、母も「何をしているの!?」と驚いていましたけれどね(笑)。そうやって日々、いろいろな方に協力いただきました。そして、工夫次第でどんな障がいのある方でも、楽しんでいただける着物が出来上がったんです。
──次回は、どんな着物が完成し、それをどう事業に結び付けていったかを伺います。