福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
志をもってチャレンジを続ける方々を、毎月全4回にわたって紹介します!
【毎週木曜日更新】
Vol.77 連載第2回
苛立って湯飲みを投げつけてきた父。
人には居場所が必要なんだと知る。
佐々木 眞理子(ささき まりこ)さん
まりちゃん家 代表取締役
【HP】
宮城県美里町にある「まりちゃん家」は、通所介護を兼ね備えた住居型老人ホームです。それは今から29年前、ひとりの主婦が老人ホームに入居していた実父を引き取り、ボランティア活動を始めたことがきっかけでした。
取材・文 原口美香
―前回は入居していた特養からお父様を引き取るまでのお話を伺いました。
今回はその後のお話を伺っていきたいと思います。
家族みんなに協力してもらって、父を無事連れて家に帰ってきました。それから2か月が経ったある日、ソファーに座ってお寿司屋さんの大きな湯飲みでお茶を飲んでいた父が、私にその湯飲みを投げてよこしたんです。
あんなに大変な思いをして連れて帰ってきたのに、なんでそんなことをするんだろう。父の気持ちが分からなくて地域のソーシャルワーカーさんのところに相談に行ったんです。そしたらさすがソーシャルワーカーさんですよね。「お父さんの居場所がないんですよ」と言われたんです。「人はただそこに置物のように置かれているだけでは生きていることにはならないんですよ。自己主張もあるだろうし、行きたいところ、会いたい人、食べたいもの、社会的な関り、そういうことがあるでしょう」と。最初は居場所の意味も理解できなかったけれど、ああそうかと思わせてもらったんです。
長年、漁業協同組合の組合長をしてきた人だから、社会的な役割を感じられるような場所に連れ出した方がいいんだなと思い、それからは一緒に買い物に行ったり、お友達にところに連れて行ったりしました。
また父は詩吟や短歌がすごく好きだったのですが、調べたら地域にそういう会があったので月に2回連れていくことにしました。父も少しは元気になってくるのですが、今と違って昔は車椅子がどこにでもあるような状況ではなかったので、歩くのはなかなか大変な労力ではありました。
そんな時、NHKの「シルバー介護」という番組で千葉市の藤岡さんという方が紹介されていたのです。藤岡さんのお母さんは父と同じように脳梗塞を患い、自宅でみているようでした。藤岡さんは詩吟の先生で、お母さんのために地域の人を家に呼んで詩吟の会をしていたのです。午前中に詩吟をやって、お昼は取り寄せたお弁当をみんなで食べて、それぞれお昼寝したりお茶をのんだりして。その様子を見て、私は「詩吟は教えられないけれどお茶っこのみはできるかも」と考えたんですよ。ちょうど全国的にも介護保険を見据えた形の活動がちらほらと見えてきた頃でした。
それで私も自宅を開放して、毎週水曜日「まりちゃん家」というミニデイサービスをボランティアで始めたのです。
―ボランティアで自宅を開放したのですね。スタッフさんなどはどうされたのでしょうか?
スタッフは息子や娘の友だちのお母さんたちに声をかけて「私こういうのやりたいんだけど、手伝ってくれない?」と聞いたら「いいよいいよ」と12.3人くらい集まりました。役所に相談に行くと係の方も大変応援してくれて必要な手続きや仕組みを作ることができました。始める前に主人にも相談すると「俺が帰って来る時には元通りになっているのか?」と聞かれ「なってる。ちゃんとなってるよ」と答えたら「じゃあいいよ」と。それが29年前のことです。
―人はすぐに集まったのですか?
利用者さんは大体15人くらい集まって、スタッフも10人くらいだからもう狭い狭い。袖がくっつくくらいでした。でも狭いながらも楽しい我が家という感じ。ひとりワンコインで500円ずついただいて、お昼はみんなで作って食べてみんなで片付けて。女の人は縫物やったり編み物やったり、男の人はお話してね。
水曜日だけの開催だったのが、皆さん元気な人たちだから他の曜日も「遊びに来ました」と自分で自転車や歩いてやって来るんです。「あらぁ、いいよいいよ」と招き入れているうちにデイサービスが毎日になってしまいました。
2年間は自宅でやらせてもらったのですが、さすがにこれは私ひとりでは無理だなと思い町長さんに相談すると、「きちんと責任を持ってやれる方法を考えましょう」と町内の社会福祉協議会の中に「まりちゃん家」を入れていただくことになりました。今まで一緒にやっていた人たちを職員にしてもらい、お給料をいただきながら活動をするという形にして、場所も町の使用していない施設をリフォームしていただいて移りました。ボランティアから事業という形へと変化していくことになったのです。
―思いもよらないことになっていったのですね。
次回は事業として始まった「まりちゃん家」のお話を伺っていきたいと思います。
第3回は1月23日(木)掲載
佐々木眞理子(ささき まりこ)さん
昭和27年生まれ、現在72歳。脳梗塞を患い施設に入所していた父を自宅に引き取り、1995年自宅を開放してボランティアでデイサービス「まりちゃん家」を始める。現在は定員25人の通所介護と、部屋数20室の住居型老人ホームを運営。「まりちゃん家」代表取締役。
笑顔があふれ元気になれる「まりちゃん家」の日常
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本サイト : 介護職に就いた私の理由(わけ)が一冊の本になりました。
花げし舎編著「人生100年時代の新しい介護哲学:介護を仕事にした100人の理由」現代書館