福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
志をもってチャレンジを続ける方々を、毎月全4回にわたって紹介します!
【毎週木曜日更新】
Vol.77 連載第1回
娘の言葉に背中を押され、
入居していた施設から父を引き取る。
佐々木 眞理子(ささき まりこ)さん
まりちゃん家 代表取締役
【HP】
宮城県美里町にある「まりちゃん家」は、通所介護を兼ね備えた住居型老人ホームです。それは今から29年前、ひとりの主婦が老人ホームに入居していた実父を引き取り、ボランティア活動を始めたことがきっかけでした。
取材・文 原口美香
―なぜ施設からお父様を引き取ることになったのか教えてください。
私は4人兄弟でそれぞれみんな独立して外に出て、最後に残った私と父は2人で暮らしていました。私がお嫁に行った後、父はひとりで暮らしていたのですが、ある時脳梗塞を患い左半身不随になりました。退院後はひとりで暮らすことが難しくなったので、一旦は私のところに身を寄せて特養を探すことにしたのです。一か月後くらいに特養に移れたのですが、介護保険が始まる前の施設ですので8人部屋が当たり前でベッドが4つで一つの部屋に分かれていました。ベッドの横にはそれぞれポータブルトイレが置いてあって、カーテンで一つひとつ仕切られているだけの部屋でした。その頃は認知症であってもそうでなくても一緒の部屋で、父は左半身不随にはなりましたが頭はしっかりしておりました。
父は石巻の漁業協同組合の組合長を長年しておりまして、プライドがものすごく高い人でした。尿臭、便臭が漂う部屋、認知症の人が大声で叫んだりしているところに自分の身を置くことが我慢ならなかったんですね。最初は行き場がないから私が探した施設に入るのはしょうがないというふうに思っていたのだと思います。私の中学生の娘と10日に一度くらいお見舞いに行っていたのですが、3か月くらい経ったころからでしょうか。「帰りてぇ、家さ帰りてぇ、こんなとこさいたくねぇ」と言うようになったのです。私は「ここさいなくてはなんねぇんだよ、どこさも行くところねえんだからね」と返していたのですが、娘はそういう母親の言葉を黙って聞いていました。
そこから半年くらい経って、また「帰りてぇ、こんなバカなやつらと一緒にいたくねぇ」と言うわけです。それを聞いていた娘が「お母さん、じいちゃんこんなに帰りたいって言っているんだから連れて帰ろう」と言ったのです。なんていうことを言うんだろうと思いながらも、帰りの車の道々に私は娘の言葉を切り捨てることはできませんでした。人として母として、娘が発した言葉を受け止めて後ろ姿に返さなければいけないと思ったのです。
そこから私の試行錯誤が始まりました。父を連れ帰ってくるためにはどうしたらいいか。私も仕事をしていましたし、子どもたちも育ちざかりでお金がかかる年頃になっていました。
―気持ちがあったとしても、実現するにはなかなか難しいこともありますね。
そんな時、ラジオで薬師寺の高田好胤さんが仙台のデパートに法話においでになるということを知りました。大好きだったので聞きに出かけたのですが、その時の法話は「父母恩重経」というお経のお話で簡単に言うと「とにかく親孝行しなさい」という内容だったんです。ちょうどタイムリーだったので、聞いていて涙が出ました。それからそのお経の本を好胤先生に教えていただいて取り寄せ、涙を流しながら読みました。それで自分のこの決断はどんなことをしてもクリアしなくてはいけないと考えたのです。私ひとりの考えだけでは実行できないので、みんなを集めて家族会議を開きました。主人の母も一緒に暮らしていましたので話をしたら、母が一番に「あんたの親なんだから連れてございん(連れて来てください)」って言ってくれたんですよ。私はもう涙、涙でした。息子や娘も、「協力できることがあればやるから」と言ってくれました。ただ、主人だけは反対でした。連れてきて面倒をみることが反対じゃなくて、「あんたね、一時の気持ちで連れてきて嫌になっても元さ戻せないんだよ。よく考えてから決断しなさい」と。さすが男だなと思いました。
そこから1週間くらい考えたのですが、どうしても父を連れて帰りたいと家族会議で話し、無事家に連れて帰ることができました。みんなの協力があってこそのことでした。
―お父様はさぞかし嬉しかったでしょうね。
次回はお父様を引き取ってからのことからお聞きしていきたいと思います。
第2回は1月16日(木)掲載
佐々木眞理子(ささき まりこ)さん
昭和27年生まれ、現在72歳。脳梗塞を患い施設に入所していた父を自宅に引き取り、1995年自宅を開放してボランティアでデイサービス「まりちゃん家」を始める。現在は定員25人の通所介護と、部屋数20室の住居型老人ホームを運営。「まりちゃん家」代表取締役。
2,016年に建てた現在の「まりちゃん家」
「施設」ではなく「家」でありたいと願う
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「ファンタスティック・プロデューサー」で、ノンフィクション作家の久田恵が立ち上げた企画・編集グループが、全国で取材を進めていきます
本サイト : 介護職に就いた私の理由(わけ)が一冊の本になりました。
花げし舎編著「人生100年時代の新しい介護哲学:介護を仕事にした100人の理由」現代書館