福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第75回③
認定特定非営利法人よりどりみどり
就労継続支援B型 みどり工房・みどり食堂 浅野美花さん
統合失調症の母と経験したあれこれと
自らの調理師免許が活かせる仕事
プロフィール 浅野美花(あさの みか)
母の統合失調症発症による経験と、飲食業での専門性を活かし、認定特定非営利法人よりどりみどりに勤める。よりどりみどりでは、従たる事業所みどり食堂をおもに担い、食堂運営のほか区役所や区立図書館内カフェスペースでのお弁当販売や、イベントではお菓子や手工芸の販売もおこなっている。
取材・文 毛利マスミ
前回は、活動を続ける上での課題などについておうかがいしました。今回は、浅野さんが精神保険福祉の世界に入られた理由などについてお聞きします。
――2021年から、みどり工房で働くようになったそうですね。これまで、福祉分野でのお仕事をされていたのでしょうか?
精神保健福祉というか、福祉業界で働くのはまったくの初めてでした。
結婚前はイベント関係の会社に勤め、結婚後は、好きな飲食の世界で働きたいと、学校給食のパートをしていました。その後、調理師免許も取得して、2020年にはケーキ屋さんに就職したのですが、ちょうどコロナ禍のタイミングと重なり、断念。それで、「この後、どうしようかな」と思っていたときに、たまたま出会ったのがみどり工房でした。
じつはわたしの母は、統合失調症なんです。それで、私の専門であるイベント企画や飲食での経験が活かせて、さらに精神保健福祉関係の方とも一緒になにかできるかもしれない、と職員募集に応募しました。
統合失調症の多くは、10代か20代に発症することが多いのですが、母の発症は50代。とても珍しいケースでしたし、わたし自身、当時は精神疾患のことはまったくわかりませんでした。
母は、ある日突然外で倒れて、壁にもたれかかっているところを近所の人が見つけて、救急車で搬送されました。その時は、一般病棟に運ばれましたが、しばらくは昏迷状態でした。昏迷というのは、昏睡の一歩手前の状態で、母の場合はトイレのタイミングになるとパッと目を覚まして歩いていく。でも戻ってくると、またパタリと寝てしまうといった不思議な状態が続きました。
その後、医師から「精神科に転院になります」と告げられて、家族としては「寝ているだけなのに、なぜ精神科?」と、とても驚きました。そして転院先で、統合失調症と告げられたんです。半年ぐらいの入院の後、自宅に帰ってきたのですが、まだ急性期のころでしたので、誰かがそばについていなくてはならなくて、わたしも1歳の娘と幼児の長男を抱えながら実家に通う日々でした。
統合失調症というのは、ストレスから再発するパターンが多く、社会参加のタイミングがトリガーになるケースも多いのですが、母の場合はすでに50代。新たに仕事を始めるわけではありませんので、おだやかに日常を過ごせれば、再び急性期になることはないということでした。
あれから20年ほど経ちましたが、いまも父と弟と暮らしていて、波はあるものの入院することもなく家で暮らすことができています。
――ご自身のキャリア継続とお母様の病気理解をきっかけに、みどり工房での仕事を始められたことがよくわかりました。ご自身の当事者の家族としての経験、また、精神疾患の方や家族が抱える課題などについてもお話いただけますか。
みどり工房に来てくれているメンバーさんは、「外に出ることができる」方々なんです。でも、じつはその何倍もの数の人たちが「外に出ることができない」「誰にもつながらない」まま過ごしていると思います。
わたしの場合も、「患者の家族会に入って情報を集めたい」と考えた時期もありましたが、母のように中高年期に発症する例は少なく、家族会は「統合失調症の子どもをもつ親の会」ばかりでした。ですから、親が統合失調症である私とは「立場が異なる」といった理由で断られてしまいました。
また、最初に入院した一般病棟で、母が「介護者の方の手をたたいた」という理由から、退院後は、「暴力」を理由に訪問看護も断られました。
母は、人に手を挙げるような人ではありません。たぶん、混乱するなかで「触らないでほしい」ということで手を払っただけなんだと思いますが、周囲に理解されることはありませんでした。いまから20年ほど前のことですので、いまとは事情は異なりますが、私たち家族は、これからの生活や、いったいどこに相談したらいいのかなど、情報もなく、孤立し、本当に途方にくれてしまいました。
そこから我が家では、母が対人恐怖症ということもあり、外部の手をいっさい借りずに家族だけて母を支えています。
父は77歳になりましたが、いまも午前中は仕事を続けているんですよ。最初に入院した当時から言われたことなのですが、精神疾患の家族は、患者と一緒に過ごしすぎると一緒に病んでしまうことがあるそうなんです。「病気になったのは自分のせいではないか」、「患者の行動が理解できずに、耐えられなくなる」などして、それが家族全体に伝播して、家族が病んでしまうケースもあるそうです。
それで、できるだけ父は外に出ることを心がけ、母とは週末や夕方に近所の散歩を日課に楽しんでいます。
――ありがとうございました。次回は、認定NPOとしてのもう一つの柱である啓発活動についてと、みどり工房・食堂の今後についてなどおうかがいします。
月に1度、地域に開かれたこども食堂も開催。メンバーさんやOB、地域の人たちが集まり、わいわいと食卓を囲む。