福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第73回①
NPO法人 all smile代表 田村有希さん
特別支援学校に通う保護者から、成人の
「晴れ着」はあきらめている、という声を聞いて
田村 有希(たむら ゆき)さん
NPO法人 all smile代表
ダウン症の長男が通っていた特別支援学校の保護者から「成人の晴れ着姿の撮影をあきらめている」という声を聞く。着付けやヘアメイクの技術を持つ田村さんは、何とかその願いをかなえようと、2009年に「障がい者達の成人を祝う写真撮影会」を発足。2019年NPO法人格を取得。現在、年数回「障がい者達の20歳を祝う写真撮影会」を継続中。Lethe代表。
取材・文 石川未紀
――障がいのある方の晴れ着を着付けして、記念撮影を行っているそうですね。何かきっかけはあったのでしょうか。
はい。私は第二子である長男がダウン症でした。子どもが小さい頃から福祉を利用しながら仕事もしていました。最初はパートなどに出ていたのですが、母がヘアメイクや着付けの仕事をしていたので、その影響もあって、長男が小学校に上がるころには、母を手伝いようになり、同じ仕事をするようになったんです。
――それでは、着付けやヘアメイクの技術はお持ちだったのですね。
はい。息子が通う特別支援学校ではPTA活動などもやっていたので、同学年の親御さんだけでなく、先輩、後輩の親御さんとも仲良くさせていただいていたんです。
小・中学校の同窓会の役員をやっていた時のことです。先輩のお母さんから「成人の時には、本当は晴れ着を着せてやりたいし、写真も撮りたい。でも、きちんと撮れるかわからない。だから成人の晴れ姿はあきらめている」というお話を伺ったのです。私の息子は重度の障害者手帳を持っていますが、袴を着たり、写真館に行って写真を撮ったりすることはできました。ですから、そういう悩みを抱えているお母さんがいることに気づいていなかったんですね。
特別支援学校に通うお子さんは、一言で障がいと言ってもその特性はそれぞれ全く違います。障害者手帳や療育手帳の級数だけではわからないことがたくさんあります。軽度と診断されていても、こだわりが強かったり、人に触れられるのが苦手だったり、知らない場所が怖かったり、じっと落ち着いて座っていることが難しい方もいます。振袖や袴を着て写真を撮るという行為は、ヘアメイク、着付け、撮影と、長時間慣れない場所で、緊張を強いられますから、親御さんが不安に思う気持ちも理解できます。
――それでは先輩のお母さんの声がきっかけとなったのですか?
ええ。私も子どもたちが大きくなるにつれ、自分たちの生活のためだけじゃなくて、何かできることはないかなと思っていました。そして、この話を伺ったとき、着付けやヘアメイクの技術を生かして、私にも何かできることはあるんじゃないかなと、思い始めたんです。
まずは仕事仲間の亀有スタジオさんに相談しました。「こんなことをやりたい」を伝えると、そんなお話なら、と引き受けてくださったんです。また、呉服店さんには仕事上、知り合いも多いので、活動の主旨を説明してお願いしました。
それで、資金ゼロからでしたが、ともかく始めてみようということになったんです。2009年に任意団体として「障がい者達の成人を祝う写真撮影会」を発足させました。PTAを通して、お母さん方の友人もたくさんいたので、共感して協力してくださる方も現れはじめました。
呉服店が集まっているグループへプレゼンする機会を頂き、「障がい者達の成人を祝う写真撮影会」をやりたいのだと伝えたところ、着物・バッグ・草履・和装小物などを提供していただけたんです。ほかの呉服店や企業・個人様からも晴れ着一式を寄付していただきました。
2010年1月に第一回の「障がい者達の成人を祝う写真撮影会」を開催したのですが、皆様からいただいたお着物を使用させていただきました。その後、いくつか流行りの着物などを購入したり、寄付したりしていただき、現在は50~60着ほどあります。自分好みの着物を選んでいただくことも一つの経験として良い思い出になります。
こうして、私たちは毎年1~2回撮影会を重ね、2019年NPO法人「all smile」発足させたのです。
ありがとうございました。
田村さんご家族で