福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第72回④
アニマルセラピーwithワン代表 佐藤志保さん
最期の時まで、人としての尊厳を尊重し
セラピードッグと共に寄り添っていきたい
佐藤志保(さとう しほ) アニマルセラピスト
NPO法人アニマルセラピーwithワン代表
義母の介護をきっかけに人間の尊厳などについて考えをめぐらすようになり、心に寄り添う活動がしたいとアニマルセラピストを目指す。2015年NPO法人を設立し、セラピードッグと一緒に、高齢者施設、障害者施設、医療機関などさまざまな施設や個人宅を訪問し、心の癒しやリハビリテーションのお手伝いをしている。
ボランティアの募集は随時おこなっていて、セラピードッグの認定審査後、活動に参加することができる
取材・文 毛利マスミ
――前回は、佐藤さんがアニマルセラピーwithワンを起業した理由についておうかがいしました。今回は、活動を続けるモチベーションや今後のビジョンなどについてお聞きします。
――これまでで、とくに印象に残っている活動や出会いはありますか?
すべての活動で出会いがあって、お話が楽しいのはもちろんですが、なにより私もボランティア会員さんも自分のワンちゃんを褒めてもらえるとうれしいんです。こうした活動のなかでの喜びが、次の活動につながっています。
ただ、なかでも特に挙げるならば、個人のところへ訪問する「おうちドッグセラピー」や緩和ケア病棟での出会いが心に残ります。病院については、動物が入ること自体がとてもハードルが高くて、せっかく訪問できていた病院もあったのですが、コロナ禍を経て中断していました。でもやっと、昨年11月から1件の緩和ケア病棟が再び訪問できるようになったのが、うれしいですね。
病院での活動を始めた当初は、パブリックエリアでは「犬を見せてはいけない」ということで、ダンボールに犬を入れて台車で運んだりしていました。でもワンちゃんがダンボールから顔を出したりして、ドキドキしながら運んだことを思い出します。
緩和ケア病棟には2ヶ月に1度の訪問をしていますが、2度目の訪問では会えない方がほとんどです。最期の時を迎えようとしている方が、声も出ない、呼吸も苦しい状態でも「ワンちゃんが来てるよ」と、家族の方がお声がけしてくださって、私が少しでも触れ合えるところに犬を寄せると、「この子は何歳なの?」「何を食べてるの?」と、本当にか細い声ではありますが、一生懸命声をかけてくださる。
私たちの多くの活動では、「来月またくるからね」とみなさんにお声がけをして帰るのですが、緩和ケア病棟では、来月の出会いは多分ありません。だから、一期一会が本当に貴重だし、毎回、「私はこうした活動がしたくて、アニマルセラピーを始めたんだ」という初心が思い出されます。
――緩和ケア病棟でのどのような活動が、佐藤さんのモチベーションになっているのでしょうか?
なかなか説明するのが難しいのですが、人の最期を尊重したいというような思いが強くあります。アニマルセラピーとの出会いのきっかけとなった義母は、私がNPO法人を立ち上げて2年後に亡くなったのですが、それが私の初めての看取りの経験でした。そしてこの経験を機に、人の死と尊厳というものを考えるようになり、私ができることとして、アニマルセラピーを通して看取りに寄り添っていきたいという思いを抱くようになったんです。
アニマルセラピーには、ストレス軽減、抗炎症、抗うつなどの症状軽減につながる効果をもたらす可能性などが期待できるとされています。ワンちゃんを抱っこしたり、触って温もりを感じたりすることで、凝り固まった心も頭も体もほどけていくことは、私も活動のなかで実感するところですし、科学的にも研究が進められていて、多くの論文なども発表されています。
でも何より私が、活動のなかで大事にしていることは、コミュニケーションに犬が介在することの意味なんです。誰でも初対面の相手と話すときは緊張しますよね。でもワンちゃんがいてくれたら、その緊張が緩和されます。犬を介して会話ができるので、「初めまして」の相手でも、互いを隔てる垣根がとても低くなる。それで2回3回と出会いを重ねるうちに、だんだんとワンちゃんがいなくても会話が弾むようになっていくんです。
そうなると犬のほうも心得たもので「いまは出番じゃないな」と、日だまりを見つけて昼寝を始めたり、そんな犬の様子を眺めながら「やっぱり温かいところが好きなのね」などと、会話が広がり、おだやかな時が流れていく……これがセラピーの本質ではないかと考えています。
――いまの課題と今後の活動で力をいれたいことがあったら教えてください。
じつは私は2年前に脳出血で倒れたんです。運良く後遺症もなく、いまは普通に生活できているのですが、車の運転は病後半年ほどできなかった。主人も家族もこれを機会に、「活動は、もうやめたほうがいい」と言っていました。でも、私はやめる気はまったくなく、むしろ、「絶対にやめない、続ける」と一生懸命訴えて、やがて主人も理解してくれて、協力してくれることになりました。いまでは休日には活動も一緒にしていますし、ドライバー役も引き受けてくれているんですよ。
犬を連れての活動は本当に大変で、例えば衛生面でいえば、会員様のワンちゃんも活動の前日には洗ってもらうようにお願いしています。謝礼は犬のサイズに応じたお手入れ代をお渡ししていますが、トリミングもしたりすると、赤字になっていると思います。ボランティア会員さんのご負担は大きいですが、活動では、ワンちゃんを膝にのせたり、触れる距離感で対象者様に近寄ったりするので、高齢者の方の表情が変わっていくのが目の前なのでよくわかるんです。そのおだやかでやさしい視線は犬に向けてのものなのですが、私たちもその視線を浴びているような感覚があって、とても癒されて、元気をもらいます。それにみなさん、自分のワンちゃんが褒められたり、名前を覚えてくれていたりするとすごくうれしいんです。だから、帰りの車はとっても賑やかなんですよ。「今日は○○さんがうちの子の名前を呼んでくれた」「うちの子を抱っこしたら、すごくいい笑顔になってくれた」「スタッフさん全員が覚えていてくれた」など、みなさん「わが子自慢」ではないですが、話に花が咲いて大盛り上がりなんですよ。
今後は、これは私の夢かもしれませんが、千葉県内の緩和ケアとかホスピスには全部行きたいって思っています。
それに今後、独居の高齢者もどんどん増えていくなかで、介護サービスの選択肢のひとつのようになれたらいいなとも思っています。ケアマネさんや介護の方を呼ぶように、私たちを呼ぶことができるような立ち位置になりたいんです。
そして、身寄りがなくて孤独な最期を迎える方がいるのなら、傍に寄り添える存在になりたいとも思います。
保育園に訪問するアニマルセラピーもおこなっている。犬とふれあうことで、生きる力や思いやりの心の育みなどが期待されている。
- インタビューを終えて
- 扉を開けるとワンちゃんたちが元気に迎えてくれました。「初めまして」から始まりましたが、これがアニマルセラピーの効果なのかな? と思うほど、リラックスしてお話がうかがえました。人より寿命が短い犬の健康も考慮しつつの活動は想像以上に大変だと思います。それでも「犬と一緒に、人に寄り添っていきたい」と語る、やさしい眼差しのなかに強い意思を宿す佐藤さんの姿が印象的でした。
- 久田恵の視点
- 最近では、小型犬を飼っている施設も見かけるようになりました。膝にのせてかわいがることが、犬好きな人にとっては心からの癒しとなるのでしょう。
そして犬を撫でたり、かわいがったりすることは、「お世話をしてもらう」ことばかりが多い施設の暮らしのなかで、数少ない「相手に何かをしてあげる」貴重な経験。自ら「かわいがってあげる」ことができる関係が素晴らしいです。