福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第69回③
西川こずえ 特定非営利活動法人縁 就労継続支援B型事業所 Daisy 施設管理者
自分の人生を自分のものとして
生きられるようになってほしい
西川こずえ
就労継続支援B型事業所 Daisy 施設管理者
1976年、京都市内で生まれ育つ。発達障害を持つ長男をきっかけに福祉の世界に関わるようになる。当初は、訪問介護事業所に勤めるが、就労継続支援B型事業所の仕事に巡り合い、支援のありように対する憤りから自らが事業所立ち上げに奔走する。2018年NPO法人縁設立。2019年就労継続支援B型事業所Daisy設立。
取材・文:毛利マスミ
――前回は、Daisyの運営などについておうかがいしました。今回は西川さんが感じている仕事の醍醐味ややりがいなどについてお聞きします。
ーー仕事をするうえでのやりがいや醍醐味を感じることを教えてください
前回、「信頼」について話をさせていただきましたが、信頼関係が築けたと感じるときに、すごくやりがいを感じます。最初はあまり話もしてくれない方でも、だんだんに「ここにきたら楽しい」とか、そうした言葉を言っていただけることも多く、私たちのよろこびになっています。ここにはいろいろな利用者さんがいらしていて、本当に毎日がにぎやかで楽しいんです。これは、私だけの意見ではなく、スタッフ全員で「楽しくて、1日があっという間に終わっちゃうね」と話しています。
また、新しいやり方や工夫を提案してみたら、これまでできなかった作業ができるようになるなど、ステップアップすると本人もうれしいし、私たちも「すごいな」と感動します。ほんの一例ですが、最初は封筒もきちんと折ることができなくてグチャグチャにしてしまっていた人が、繰り返し説明したらきれいに折れるようになったこともあります。一つひとつ、毎日の積み重ねなのですが、自分で気づきを得てもらえるように工夫した声がけを心がけています。
また、人によってはどうがんばっても苦手な作業もありますから、押し付けはしないようにしています。なかには、苦手でもがんばってみるという人もいますし、やめる人もいます。そこをスタッフが「もう少しやってみよう」とか押し付けるようなことはなるべくしないようにしているんです。作業を「やらされている」ようにはしたくないですし、ご本人の自己決定を大切にしたいからです。
実際に、「やりたくない。帰る」って作業の途中で言い出す人もいます。本人は、スタッフに「帰らないで、いてほしい」と引き留めてほしい気持ち、少し甘えた気持ちもあるのだろうと思います。だから、私たちが「作業を続けるか、続けないかは自分で決めてくださいね」と伝えると、「じゃあ、続きをやる」と言い出す。もちろん、本当に嫌だったら、しんどかったら帰ってもいい。でも私たちがお願いして「いてもらう」のではなく、自身の意思で選んでほしいんです。
ここには、自分の意思で来てもらっているわけですし、がんばってほしい旨は伝えるけれど、最終的に決めるのは本人です。自己決定力というのでしょうか。誰のせいにもできない、自分で決めること。そうした力を育んでほしいと願っています。
――利用者さんの意思を尊重するDaisyらしいご対応ですね。でも、こうした態度を持ち続けることは、時間もかかることだし難しいのではないかと思います。
そうですね。開所して4年目ですが、やっとみんなでたどり着いたという感じがしています。それまでは、やはり「もう少し、ここまでがんばれないですか」とか、お願いしてしまうことも多かったんです。でもそれでは本人に伝わらないし、いつまでも依存というか甘えの態度が変わらないんです。それが、「自分で決める」ようになってものすごく利用者さんも変わりました。
このやり方は時間もかかるし、根気もいります。だから一般的な事業所では、そこまで時間もかけられないし「こうしたらダメ」「あれもダメ」と事業所ルールで利用者さんを指導するんです。じっさい、ある程度いわないと収集がつかなくなることもあります。でも、やはりじっと待ちながら、利用者さん本人の問題ととらえて、粘り強く接するようにしています。
これは、信頼関係という土台があってこそできることで、それがなければなにも伝わらないと思います。うちでは「去る者は追わず、来るものは拒まず」で、辞めたかったら辞めていいし、希望があれば次のところの紹介もします。
これは私たちの理念のあらわれでもありますし、スタッフはみんな「うちはこのやり方でいい」と話しています。でも実際にお辞めになるかたは、ほとんどいらっしゃらなくて、みなさん居心地がよいようで、毎日でも通いたいとおっしゃってくださる方も多いんです。
――お話をうかがっていると、Daisyはたんに作業をする場所ではなく、作業を通して「主体的に生きる」ことを学ぶ場なのだと感じました
そうです。自分で決めて、全部できたらすごい。「自分でできた」と自己肯定感もあがります。私たちは、利用者さんが自分の人生を自分のものとして生きられるようになってほしいんです。
残念ながら、いまのところ多くの就労継続支援B型事業所は、仕事、作業だけをする場所に甘んじているのではないかと思います。うちのスタイルが珍しいのかもしれませんが、ここはみんなの仕事場であり、居場所であり、生きる力をつける場所だと考えています。
たとえばこんな例もありました。ずっと実家に親御さんと一緒に暮らし、週1から利用されていた利用者様がいらっしゃいました。ここには、生活保護を受けながらも、福祉サービスも活用して自立して一人暮らしをされている方がたくさんいらっしゃいます。その男性は、こうした「仲間」の姿を見て、ご自身も自立を決意。仕事仲間の話が刺激となり、一歩を踏み出して、一人暮らしを始めたんです。
この方は、いまも通ってきてくださっていますが、最近では、ヘルパーさんと一緒に料理する様子を写真で送ってきてくださっています。すごく成長されたと思いますね。それは、私たちだけの力ではなく、利用者さん同士の声がけがすごくよかったと感じています。
一人でがんばって暮らしている方の具体的なアドバイス。「こういう時はこうしたらいいよ」「こんなサービスが使えるよ」といった、話が本当に具体的なんです。私たち支援者は情報の提供はできますが、経験者ではありません。でも、知らない世界に飛び立つための生きた情報をもった経験者が、ここにはたくさんいらっしゃるんです。こうした利用者さん同士の横のつながりも大切だと感じています。
――ありがとうございました。次回は、就労継続支援B型事業所Daisyの今後の展望などについておうかがいします。
Daisyでの作業時間は10時〜3時まで。それぞれ希望する時間で作業できるが、
「もっとここにいたい」と希望する利用者も多いという。