福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
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までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。
花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/
- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第61回②
一般社団法人Ayumi 代表理事 山口広登さん
障害のある人たちと
フラットな関係で話せる場を作る
一般社団法人Ayumi
代表理事 山口広登さん
2017年桜美林大学卒。株式会社クイックに入社、人材紹介事業部の新規立ち上げエリアを担当。その後、株式会社CanIyに入社。フランチャイズ事業部のカスタマーサクセスに従事。ベンチャー企業で働く代表や上司に刺激を受け、自分の思いを実現したいという意識を持つようになる。2021年に退社、同年8月、一般社団法人Ayumiを設立、代表理事に就任。障害を価値に変えるバリアフリー認証をもとにした集客支援サービスを展開中。
取材・文 石川未紀
■ホームページ
―活動の内容について少し詳しく聞かせてください。
主な事業は三つです。
一つは、バリアフリー認証事業です。バリアフリーを単なる社会貢献として終わらせるのではなく、社会貢献性と収益性の融合を実現できる情報を提供していきます。具体的には、バリアフリーに関する基準・規格をもとに、身体障害者と一緒に調査・審査・認証を行うサービスです。
もう一つは、バリアフリー情報が必要な方々へ、その情報を届けます。ホームページなどから、実際にレポートした情報を読むことができます。バリアフリーお役立ち情報なども随時発信しています。
三つめはバリアフリー基金です。これは、賛同する企業や店舗と一緒に「バリアフリー基金特別メニュー」を考え、メニューの売り上げの一部を一般社団法人Ayumiに寄付していただきます。お客さんが特別な負担感を感じることなく、社会貢献ができる仕組みです。寄付金の利用目的は雇用や契約をしている障害者の賃金向上や雇用の創出などに使われます。この基金の大きな目的は障害者の雇用の拡大です。障害者の方が社会参加することで、多くの人の価値観が変化していくと考えています。
私たちがAyumiの事業で大事にしていることは以下の七つです。
①素直に・誠実に
②細部まで拘り、お客様の期待を超え続ける
③自分視点ではなく、市場に目を向ける
④挑戦・変化・失敗を恐れない
⑤謙虚で学びに貪欲に
⑥歩み寄りを大切に
⑦価値のあることを正しくやり続ける
私たちは、バリアフリーとはこういうものだから、ここを直しなさいというような押しつけはしません。強い要望や、押しつけで人の心は動かないと考えています。「こうしてみたらどうですか」という提案には、必ず「『A』をすると、『B』という効果が生まれます。そうすると、『C』というデメリットの回避になります」と根拠をきちんと示しています。
7つの大事に考える価値のなかで、「歩み寄りを大切に」という言葉を掲げています。団体名の「Ayumi」はここからきていまして、私はこれがもっとも大事なことだと考えています。
私は車いす生活の中で、小さな飲食店に入る際にはどこか申し訳なさを感じていました。そんな中で、「無理ですね」とあっさり断られてしまうところもあれば、「大丈夫ですよ」と椅子を移動させて快く受け入れようとしてくれた店もあります。後者は当然、今も鮮明に記憶に残っています。完璧なバリアフリーでなくても心が受け入れてくれるだけで、こちらの気持ちは全然違いますし、また来たいと思うものです。
―気持ちの歩み寄りも大事なのですね。
お互いが主張し合うのではなく、歩み寄って少しずつバリアを取り除いていく。物理的なバリアをなくしていくことも重要ですが、心のバリアをなくしていくことも大事なことなのです。
調査を障害のある当事者が行う最大のメリットは、飲食店の方と障害者がフラットな状態で話せることですね。飲食店の方は、「こんなことを聞いては失礼ではないか」という思いで聞けないこともたくさんあるのです。お店側が「配慮」しているつもりのことが、実はメリットがないとか、却って不便だと思うこともあります。一方、障害のあるお客さんは、相手が配慮してくれていると思うと言い出しにくいものです。
お店の調査には、私も同行して、チェックしています。私自身、車いす生活を通して、どんなところに困っているか、どう改善したら快適かということはある程度想像していましたが、聴覚障害者や視覚障害者の方の困りごとは、目からウロコということがたくさんありました。
例えば、モバイルオーダーやオンラインでの注文方法などが普及していますが、これらは聴覚障害者の方にとってはメリットがあります。お店の方には、モバイルオーダーができるということを告知していくのは有効だと伝えました。また、認証店にお配りしているコミュニケーションボードは、聴覚障害者の方からヒントを得て作成しました。作成して、店舗に渡して終わりではなく、どんなふうに使ったらいいかというアドバイスをしたり、逆に、店舗側からのフィードバックをもとに私たちも検証したりしています。
―ありがとうございました。次回は、調査にあたった障害者の方の声や課題についても伺います。
コミュニケーションボードは聴覚障害者の方からヒントを得て作成