福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
●インタビュー大募集
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第60回①
NPO法人NIKO 原田治美さん
利用者さんだけでなく、働く私たちもみんなが
ニコニコ過ごせる場所であるために
NPO法人NIKO 自立(生活)訓練事業にこ
管理者・サービス責任者 原田治美さん
1976 年生まれ。乳児院や児童養護施設で働くことを目指して、大阪の短大に進学。保育士と幼稚園教諭免許を取得する。在学中に、障害者施設に実習に行ったことをきっかけに進路を障害者福祉に変更し、卒業後は東京の社会福祉法人に勤務。20年ほど勤めたのちに退社し、NPO法人NIKOを設立。自立(生活)訓練事業所にこを開所し、障害者が社会への第一歩を踏み出すための地固めに尽力している。
取材・文 毛利マスミ
―今年の7月に開所6年目を迎えるそうですが、起業のきっかけを教えてください
新卒で入った社会福祉法人で、いわゆる障害者のための作業所に20年ほど勤めましたが、トラブルをきっかけにその法人を辞めたんです。色々なことがあって、憤りを感じることもありましたが、今一度原点に立ち返り、「福祉とはどういうものなのか」を見つめ直して、立ち上げたのがNPO法人のNIKOです。創設メンバーは前の社会福祉法人の仲間や先輩方を中心に、理事長には前に勤めていた施設の保護者会会長が就いてくださいました。
最初の活動場所は、理事長のご自宅の1階。開設準備のための事務所に改装してくださったんです。私は前職を辞した後、京都の実家に帰って就労移行支援事業所で働いていたのですが、1ヶ月に1度ぐらい上京して、みんなで集まっては、「この後、どうしようか」「新しいことを始めたいね」と、NPO法人と事業所立ち上げについての会議を重ねました。行政への法人設立のための申請書類作成は京都で行い、メンバーにメールで送ってやりとりをしつつ、設立まで3年ほどかけて進めました。
当時の私は、前々職の辞め方もあって本当に泣いてばかりいたんです。でも、みんなが「これからは前へ前へと進んでいくんだから、ニコニコしてなきゃね」ということで、発足会議の名前を「ニコニコ会議」にしたんです。これが、いまの法人名の「NIKO」、「自立訓練事業にこ」の名前の由来にもなっています。利用者さんだけでなく、働く私たちもふくめて関わってくださる方みんなが笑顔でいられるのがいいよね、という思いです。
今年の7月1日で、にこは6年目を迎えたのですが、利用者さんにも職員にも、「みんなでニコニコしていようね」と、折に触れて話しています。
―新事業所の場所はどのようにして決めたのでしょうか?
事業を立ち上げるにあたって、場所を決めるのは本当に大変でした。利用者1名に対しての床面積の基準もあるのですが、広さと家賃の折り合いのつく物件が本当に少ないんです。また法改正もあって、2階以上だとエレベーターも必須になります。それであれこれと探しているなかでやっと見つかったのがこの場所でした。最初は柱や骨組みが見えるスケルトンでの引き渡しで、壁もなかったんです。すべての内装工事をすると1000万円以上かかりましたが、東京都に紹介してもらった信用組合に融資をしてもらいました。さらに、物件が見つかった際、行政からの正式な認可も下りていなかったので「もし認可されなかったら、大変だ」とドキドキでした。ありがたいことに、その心配は杞憂に終わりましたが。
―生活活動、就労訓練の事業所には、就労継続支援B型もありますが、なぜ自立訓練事業所を開くことにしたのでしょうか?
じつはNPO設立当初はグループホームの運営を考えていました。立ち上げメンバーには、グループホームを勤め上げた経験者もいますし、ノウハウにも自信がありました。区の担当者にも相談して、申請は大丈夫とのことだったのですが、ある日、区の担当者の上司から「新規事業所は、グループホームの申請はできない。3年以上の実績が必要」と言われて。気を取り直して「それじゃあ」ということで、今度は就労継続支援B型事業所を目指したのですが、安定した運営のために企業から30万円以上の仕事の契約が必要など、新規事業として立ち上げるのはハードルが高かったんです。それと、B型事業所は区内にすでに50ヶ所ほどもあって。こんなにたくさんの作業所があるなかで、私たちの特色をどう出していくのか? という課題も大きかったです。
それで、私たちにできること、ノウハウが活かせることは何かということに立ち戻って考えて出た答えが、自立訓練でした。また自立訓練事業所は、当時この広い区内で4ヶ所しかないということもあり、区の担当者ともとんとん拍子で話が進みました。
自立訓練事業所の数が少ないのには、理由があります。利用期間が2年と定められていて、2年で次のステップアップに向けて利用者さんを送り出さないといけない。B型作業所は永続的に利用者さんが辞めないかぎり通ってくださるので安定した運営ができるんです。自立訓練事業所では、どんどん利用者さんが入れ替わるので運営に浮き沈みがあるんです。
でも、実際に設立してみてよかったと思うのは、知的や精神に限らず、さまざまな障害をもった方がいらっしゃることです。「今年は、こんなタイプの方がいらしたのか」「どのように支援しようか」と、職員みんなで頭を悩ませ、押したり引いたり、試行錯誤を繰り返して毎日を過ごすことが、すごく勉強になっていますし、私たちのスキルアップにも確実につながっています。
―ありがとうございました。次回は自立訓練所の役割や課題などについておうかがいします。
年に一度、経堂駅前でおこなう販売会の様子。引っ込み思案な利用者さんも、売り子を体験する。この販売会を楽しみにしている地域の人も多いのだとか。