福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
terada@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。
花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/
- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第58回①
メノキ書房 代表 立木寛子さん
みえなくなった彫刻家・三輪途道さんとの
出会いからメノキ書房を立ち上げる
メノキ書房
代表 立木寛子さん
1956年群馬県生まれ。全国紙記者を経て84年からフリーランスライター。医療・介護分野のルポルタージュを中心に手掛ける。主な著書に『ドキュメント看護婦不足』『いのち愛して 看護・介護の現場から』『沈黙のかなたから 終末期医療の自己決定』(以上朝日ソノラマ)、『爺さんとふたり プレ介護とリアル介護の日々』(上毛新聞社)、『みえなくなった ちょうこくか』(メノキ書房)。彫刻家・三輪途道さんとの出会いから、「メノキ書房」を立ち上げる。一般社団法人メノキは第2回「SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞」を受賞。
取材・文 石川未紀
――長くフリーライターとして活躍されてきましたが、出版社を立ち上げたそうですね。
メノキ書房は視覚障害をキーワードに、一般社団法人メノキの美術活動に連動した書籍を中心に手掛けています。この出版社を立ち上げるにあたっては、彫刻家・三輪途道さんの話をしなければなりません。
三輪さんは、仏師の顔も合わせ持つ木彫作家です。私は彼女の彫刻教室の生徒となったことがきっかけで、かれこれ20年の付き合いがあります。彼女は15年ほど前に、目の難病である網膜色素変性症と診断され、徐々に視力を失いました。
2021年春、三輪さんは「見えている間に、仏像を中心とする群馬県の文化財を紹介した雑誌連載記事を一冊の本にまとめたい」と本作りにとりかかりました。その時、文章の練り直しを手伝ったのが私でした。その年の9月、三輪途道著『祈りのかたち』(上毛新聞社刊)が出版されました。この本は22年度の群馬県文学賞・随筆部門に選ばれました。
『祈りのかたち』を出版したころは、かろうじて見えていた三輪さんですが、ほどなく全盲になりました。それでも三輪さんは常に前向きで「これからもこんなふうに本を出していきたい。私たちで出版をやらない?」と――。私も「いいわよ。手伝う。これまで30年間作り続けてきた作品と合わせ『まるごと三輪途道』みたいな本を作りましょう」と話していたのです。その時は、具体的に出版社を立ち上げるという話には至っていなかったのですが、しばらくすると、三輪さんから「見えなくなって分かったことを社会に還元できるようなものがいい。いっそ、法人を作って活動しましょう」と提案してきたのです。そこからは、あれよあれよと話がすすみ、三輪さんを代表に、私を含む『祈りのかたち』制作に関わったデザイナーや編集者4人でまず一般社団法人メノキを立ち上げました。
主な柱はふたつ。
ひとつは、視覚障害者とアートをつなぐ事業で「アーティストとともに歩む活動」です。手で触れることができる彫刻展など、見えない人や見えにくい人にも「見えやすい」美術展を開催し、美術館はもちろん、大学や企業とも連携して、手で触れて鑑賞できる彫刻展など、さまざまな企画展やワークショップを行います。昨年秋には、群馬県前橋市のギャラリーで「見えない人、見えにくい人、見える人、すべての人のー感じる彫刻展―」を2カ月間にわたり開催しました。ギャラリー開催としては全国でも珍しい大規模な展覧会として注目を集めました。
もうひとつは視覚障害者の現状を社会に向けて発信していく出版事業。だれもが読書を通して豊かな生活が送れる社会をめざした「読書バリアフリー法」に基づいて、障害の有無にかかわらず、だれでも本を楽しめるような工夫をこらした絵本の出版等を手がけます。この出版部門「メノキ書房」を私が担うことになったのです。
すでに触れました『祈りのかたち』は見えにくい人に配慮した書籍にしたいと、本編と全く同じ内容のものを黒地に白で文字が浮かび上がらせたほか、文章の下に罫線を引いたり、画像に輪郭線を描き入れるなど特別な仕様にしたものを「Low vision book(ロービジョンブック)」として冊子にし、本体と合わせ合本としました。
これにより、見えにくい人たちにも読んでもらえるのではないか、喜んでもらえるのではないかと、考えたのです。そこで、この本を視覚障害の方に紹介したいと、群馬県立盲学校に持参し、校長先生にお渡ししたのです。内心、「このような配慮をしてくれてありがとう。助かります」というような言葉を私たちは期待していました。しかし、その本を見た校長先生からは意外なメッセージが返ってきました。
――その言葉は次週に続きます。
『祈りのかたち』表紙。右はロービジョン用。