福祉の現場で思いをカタチに
~私が起業した理由 ・トライした理由 ~
介護や福祉の現場で働く人たちはもちろん、異業種で働く人たちのなかにも、福祉の世界で自分の想いを形にしたいと思っている人は、実はたくさんいます。そして、今、それを実現できるのが福祉の世界です。超高齢社会を迎え、これからますます必要とされるこの世界では、さまざまな発想や理想のもとに起業していく先達が大勢いるのです。そんな先達たちは、気持ちだけでも、経営だけでも成り立たたないこの世界で、どんな思いで、どんな方法で起業・トライしてきたのか、一か月にわたって話を聞いていきます。行政への対応や資金集めなど、知られざる苦労にも耳を傾けながら、理想を形にしてきた彼らの姿を追います。
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- プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ) -
北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。
第56回②
株式会社いろどり 代表取締役 渡邉 篤志さん
「地域」というキーワードが原点にあった。
育った場所で訪問介護事業所を立ち上げる。
株式会社いろどり
代表取締役 渡邉 篤志さん(50歳)
埼玉県狭山市生まれ。大学卒業後、発展途上国のフェアトレード関連の企業、コミュニティ起業の支援団体などを経て、2015年介護の世界へ。介護老人保健施設、訪問介護事業所で経験を積んだ後、2021年地元狭山市で「株式会社いろどり」を立ち上げる。管理者、サービス提供責任者を務めながら現在もヘルパーとして現場にも入る。社会福祉士、介護福祉士、認知症ケア専門士。令和4年にはケアマネージャー資格も取得。
取材・文 原口美香
埼玉県狭山市入曽652-3-201
―前回は渡邉さんが介護の世界に入ったきっかけから、訪問介護事業所の立ち上げを決意するまでのお話を伺いました。今回は立ち上げの具体的なことをお話いただきたいと思います。
すぐに訪問介護事業所の立ち上げに至ったわけではありません。ちょうどコロナ禍が始まった頃で先行きが不透明だったことや資金の問題、人員の問題、場所の問題など色々あり、具体的にはなかなか行動できず、しばらく派遣として有料老人ホームなどで働いていたのです。
そんな時に背中を押してくれたのが、現在の共同経営者の邊見でした。以前働いていた訪問介護事業所でヘルパーをしていて、その頃は別の有料老人ホームで働いていました。私が「事業所を開くのに必要な人数、どうやって集めようかな…」と悩んでいたところ、「私がいるじゃん!」と。
それから、二人で開業の準備を進めていったのです。事業をスタートしたい日程を決めて、そこから逆算してスケジュールを作っていきました。私は株式会社の設立を、邊見が訪問介護事業所の開設申請を、それぞれ手分けして進めていきながら、どんな事業所にしたいか話し合っていきました。邊見はヘルパーとしての経験が長いため、「ヘルパーとしてどんな事業所が働きやすいか」という視点を持っている。「いろどり訪問介護」という名前も、その過程で生まれました。
資金の問題も、お互いが半分ずつ出して、足りない分は政策金融公庫から融資を受けました。場所に関しては、もともと私の地元である水野・入曽の地域で開業したいという気持ちが強かったのです。事前に調査したところ、この地域は狭山市の中でも高齢化率が一番高いにも関わらず訪問介護の事業所がほとんどない。必要としている人はたくさんいるはずだと思いました。
そうして、2021年1月に「いろどり訪問介護」がスタート。私たちの想いを手紙にして、地域のケアマネさんに挨拶に行きました。おかげ様で依頼はすぐにいただけて、最近ではお断りをしなければいけないくらい順調に増えてきています。
―渡邉さんが在宅介護にこだわってきた理由はどんなところですか?
介護業界に入る前、コミュニティ起業の支援団体に勤めていたことがありました。パン屋さんだったり、リサイクルショップだったり、地域で起業していく人たちをサポートするということに関わっていたのです。「地域」というものが私のキーワードになっていました。「地域」で暮らす人のサポートをしたいという思いがずっとありました。
介護の業界でいうと、施設はどうしても利用者さんが施設の都合に合わせて生活することになってしまう。もちろん、施設は必要な場所ではあるのですが、朝起きる時間、食事の時間、入浴の時間、レクリエーションの時間など、基本的には施設のスケジュールに合わせます。在宅介護は、その真逆で利用者さんの都合に私たちが合わせる。利用者さんの生活そのものをサポートしていく。掃除のやりかた一つにしても、その家その家のやり方があります。それにこちらが合わせることで、利用者さんは変わりなく生活を送ることができます。
いろどり訪問介護が一番力を入れていることは、利用者さんの自立支援です。掃除や調理などをヘルパーがやってしまうのではなく、ヘルパーが利用者さんとコミュニケーションを取りながら、できる限り一緒に行う。これには、利用者さんの意欲関心を引き出し、体力や生活能力を維持するという目的があります。最初は生活援助として掃除のサービスで入っていても、相手の様子を見ながら少しずつ一緒にしていき、自分でできることを増やしていくように心がけています。
利用者さんも部屋がきれいになってくると気持ちも明るくなります。明るくなると自分でも動きたくなってくる。動くと「まだ動けるんだ」ということが分かってくるのです。そうするとますます動きたくなってどんどん元気になっていく。
比較的動ける方であれば、一緒に買い物や調理などもしますし、逆に、動くことが難しい方でも、ボタンを自分で留めてもらったり、タオルを畳んでもらったり、その方ができることを少しでもして頂く。そうすることで利用者さんの生活の質を上げていくことが出来ます。利用者さんの笑顔が増えるのが一番の楽しみですね。在宅介護ならではの醍醐味だと感じています。
―利用者さんが元気になっていくのはとてもうれしいことですね。
次回は「いろどり訪問介護」の現在の様子について伺っていきたいと思います。
共同経営者であり、サービス提供責任者を務める邊見さんの一枚。
日々の生活の中で写真を撮り、ブログで発信中。