山口晃弘の超幸齢社会の最幸介護術
超高齢社会を実り多き「幸齢社会」にするために、
介護職がすべきこととは?
元気がとりえの介護職・山口晃弘が紡ぐ最幸介護術。
- プロフィール山口 晃弘 (やまぐち あきひろ)
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介護福祉士、介護支援専門員。1971年、東京都生まれ。高校卒業後、設計士、身体障害者施設職員を経て、特別養護老人ホームに入職し、介護職・生活相談員を務め、その後グループホームの管理者となる。
現在、社会福祉法人敬心福祉会 千歳敬心苑の施設長。著書に『最強の介護職、最幸の介護術』(ワニブックス、2014年)、『介護リーダー必読! 元気な職場をつくる、みんなを笑顔にする リーダシップの極意』(中央法規出版、2021年)がある。
君はまだ君のチカラを知らない
何がそうさせるのかわからない──ある日を境に、急に食事を摂らなくなってしまった女性利用者Sさん。
Sさんの好きな物を買ってきたり、作ったり。
Sさんの目の前でできたてのものをお出ししたり。
食べる場所をかえてみたり、関わる人をかえてみたり、外出して気分転換してみたり。
現場の職員はあの手この手を使って、食べなくなったSさんにアプローチをするが、一口二口しか食べてもらえず、あまりしつこく勧めると、今度は食事自体が嫌になってしまうかもしれない。それは避けたい。だから距離感も難しい。
介護というのは、こんな仕事です。3Kなどという言葉に代表されるように、肉体労働だと思われがちですが、実際には頭をフル回転させなければ大事な利用者さんは守れません。介護は知的労働なのです。
Sさんは数日間、ほとんど食事も水分も摂ることができず、入院しました。
入院後もSさんはまったく食べず、飲まずで、点滴だけで命を繋いだ状態に……。
人間は点滴だけでは生き続けることはできません。骨と皮になったSさん。病院の医師から家族に説明があり、その時が近いことを知らされました。
Sさんのご家族と、施設の相談員とで話し合い、最期は住み慣れた施設で迎える選択を家族がしました。
Sさん本人は意識がかろうじてあるものの、朦朧としているような状態でした。
誤解を恐れず言えば、死に場所と決めて戻ってきたSさん。退院当初は食事すら諦めていましたが、そこで諦めないのが現場の職員たちです。
「食べなければ死ぬ」
だからみんな必死にアプローチするのです。入院中も、退院直後もまったく食事を摂ろうとしなかったSさんが、今ではすべて召し上がることもあり、完全に息を吹き返しました。
きれいに食べ終えた食器を前に、「全部食べたの。すごいでしょ」と私に向かってニヤッと笑うSさん。
人の心は、心でしか救えないと、私はいつも思っています。
介護職だけではありません。看護師、管理栄養士、相談員、ケアマネジャー、機能訓練指導員など……。全職員が優しい心で向き合うから、死の直前にいた利用者さんの心を救うことができたのです。
医療だけが人の命を救うと思ったら大間違いです。
職員達は、自分たちの持つ神がかり的なチカラをまだ知らないのです。