山口晃弘の超幸齢社会の最幸介護術
超高齢社会を実り多き「幸齢社会」にするために、
介護職がすべきこととは?
元気がとりえの介護職・山口晃弘が紡ぐ最幸介護術。
- プロフィール山口 晃弘 (やまぐち あきひろ)
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介護福祉士、介護支援専門員。1971年、東京都生まれ。高校卒業後、設計士、身体障害者施設職員を経て、特別養護老人ホームに入職し、介護職・生活相談員を務め、その後グループホームの管理者となる。
現在、社会福祉法人敬心福祉会 千歳敬心苑の施設長。著書に『最強の介護職、最幸の介護術』(ワニブックス、2014年)、『介護リーダー必読! 元気な職場をつくる、みんなを笑顔にする リーダシップの極意』(中央法規出版、2021年)がある。
ミエナイチカラ II
以前にこのブログで紹介した女性入居者Tさん。
病気が原因で視力を失い、独居生活が困難になったため、施設へ入居しました。
入居当初は、見えなくなった世界に絶望し、「生きていたって仕方ない」と繰り返していたTさんですが、職員達の熱心なかかわりによって、今では明るさを取り戻しました。
そんなTさんは、以前ご主人と一緒にお蕎麦屋さんを営んでいました。Tさんが「またあの頃のお蕎麦が食べたい」と言っていたのを聞き逃さなかった担当職員は、活き生きデイサービスを企画。朝食後、Tさんを含めた3名の利用者さんに集まっていただき、昼食に何をつくって食べたいか話し合いました。Tさんの要望はお蕎麦かと思いきや、「かつ丼がいいわね」という、まさかの展開に。
担当職員は慌てて、「あれ?Tさん、お蕎麦が食べたいんじゃないの?」と聞くと、「もうお蕎麦は食べあきたわよ」と無邪気な笑顔で答えました。これも介護の仕事の奥深いところでしょうか。
それでもTさんは、お蕎麦屋さんでならしたかつ丼の味を私たちに言葉で教えてくれながら、味見をしてくださり、見事においしいかつ丼を再現してくれました。
見えないTさんですが、玉子を渡すとボールの端にコツンと当てて、片手で簡単に割るのでした。Tさんは「これ、赤玉子でしょ?殻の感じが違うわね」と言いました。そのとおり。今回買ってきたのは、赤玉子でした。Tさん、凄すぎ!
それから数日後の夜のこと、私がTさんのお部屋を訪ねたときのことです。
「先生、あたしね。お父さんが死んでから何年も経つのに、今でもお父さんが突然来てくれるんじゃないか、って思うの。不思議ね……。亡くなった後、寂しかったけど、一旦は慣れたのよ。その後、何年も一人でやってきたんだから。でも、年取ったせいなのかしら。最近よくお父さんを思い出すの。死んじゃった人が迎えに来るわけないのにね。どうして夜になると涙が出てくるのかしら……。先生、あたし、馬鹿みたいでしょ。いつかお父さんが迎えに来てくれるって思ってるのよ」
「トシさん……。どうなんだろうね。俺も死んだ後の世界とかあるのかわからないけど、もしかしたら、こうやって俺がトシさんの手を握ってるのをここら辺でお父さんが見てて、この野郎、と思ってるかもしれないし。いつかまた会えるんじゃないかな。それまで俺たちと人生楽しもうよ。トシさんが寂しくないように俺たちがそばにいるよ。いつかお父さんと再会した時、お前随分楽しそうだったな、ってやきもちやかれるくらい」
「うふふ。先生、ありがとう。あたし、まだ生きてていいの?」
「当たり前じゃねえか。まだまだ面白いのはこれからだよ」
「あはは。先生は優しいな。あたし、今日はゆっくり寝れそうだ」
「ああ。ゆっくり寝てね。明日はきっと今日より楽しいことが待ってるから。おやすみなさい……」
「おやすみなさい……。先生、ありがとう」
「こちらこそ」