山口晃弘の超幸齢社会の最幸介護術
超高齢社会を実り多き「幸齢社会」にするために、
介護職がすべきこととは?
元気がとりえの介護職・山口晃弘が紡ぐ最幸介護術。
- プロフィール山口 晃弘 (やまぐち あきひろ)
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介護福祉士、介護支援専門員。1971年、東京都生まれ。高校卒業後、設計士、身体障害者施設職員を経て、特別養護老人ホームに入職し、介護職・生活相談員を務め、その後グループホームの管理者となる。
現在、社会福祉法人敬心福祉会 千歳敬心苑の施設長。著書に『最強の介護職、最幸の介護術』(ワニブックス、2014年)、『介護リーダー必読! 元気な職場をつくる、みんなを笑顔にする リーダシップの極意』(中央法規出版、2021年)がある。
ミエナイチカラ
80代の女性Tさんは、特養のショートステイを利用していました。
健康で自分のことはほとんど自分でしていたTさん。しかし先日、病気が原因で視力を失い、独居生活が困難になったことで、特養へ入居することになりました。
見えない世界で悲観的になったTさんは、「死にたい……」と繰り返していました。
「こんな真っ暗な世界で生きていたって仕方ない」
「私が何をしたっていうの。なぜ私だけこんな目に合うの」
自尊心の高かったTさん。職員達も気持ちは十分理解していましたが、かける言葉が見つかりませんでした。
そんな中、若い男性介護職A君と私は、Tさんに喜んでもらえる企画を提案しました。
上野にある東京文化会館で、ティータイムコンサートという催しがあり、東京都交響楽団の方の生演奏を聴きに行くことにしたのです。
見えない世界で何の希望も見いだせなかったTさん。私達がこの企画を伝えると、喜びと不安を感じたようでした。行きの車内から、Tさんは「幸せ」という言葉を何度も繰り返すこともあれば「目が見えたらもっとよかったんだけど……」と悲観的な発言もありました。
「目が悪くなったら、生きていけないよね」
「そんなことないよ。俺なんて口だけで45年生きてきたよ」
「私が見えないから、いちいち説明するの大変でしょ」
「そんなことないよ。Tさん俺の顔見えないから、いい男とドライブしている気になってくれて助かるよ」
そんなやり取りばかりしていると、「先生(筆者のことだそうです)は、私のこと絶対に傷付けないんだね……」と涙を拭きながら笑っていました。
レストランで珈琲を飲みながらコンサートを聴き、優雅なひと時を過ごしました。
Tさんは「素敵な音色だわ」と大感激でした。
コンサートが終わると牛丼の吉野家へ。
いつも説明と手助けを受けながら申し訳なさそうに食べているTさんでも、牛丼なら気兼ねなく食べられる……ということで、A君と吉野家に決めました。
「美味しい!アツアツのお味噌汁なんて久しぶり!」と、お味噌汁にも感激。
施設に帰るとTさんは、「私…こんなに幸せでいいのかしら?夢じゃないかしら?見えなくなった時、死なせてください、って思ったわ。だって生きていたって、何にもいいことあるわけないもん。でも、先生が言ったとおりだった。私、こんな幸せなことが待っているなんて思わなかったわ。ありがとう…」と言って、頭を下げていました。
A君は今回の企画を振り返って、「Tさん、マジこんなの序の口だって。もっともっとTさんの楽しいこと、これからいっぱいあるからね!」そう言って、Tさんに親指を立てていました。
TさんにはA君の親指は見えないけど、A君のミエナイチカラは感じたでしょう。
職員の成長とやる気は、利用者さんの幸せにつながる。
利用者さんの幸せは、職員の成長とやる気につながる。
これが私たちのミエナイチカラ。