和田行男の婆さんとともに
「大逆転の痴呆ケア」でお馴染みの和田行男(大起エンゼルヘルプ)がけあサポに登場!
全国の人々と接する中で感じたこと、和田さんならではの語り口でお伝えします。
- プロフィール和田 行男 (わだ ゆきお)
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高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。
特別養護老人ホームなどを経験したのち99年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は株式会社大起エンゼルヘルプ地域密着・地域包括事業部 入居・通所事業部部長。介護福祉士。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。
いやらしい僕
入居者のトメさん(仮名)が「家に帰る」と言われますので「お気をつけてお帰りくださいね。ところでおうちはどこでしたかね」と聞くと「九十九里です」と、いつもどおり応えてくださいました。
そう告げたトメさん「では失礼おば、いたします」と玄関先へ向かいましたので、僕はすかさず話し好きで世話焼きのカズコさん(仮名)に「とめさんがお帰りのようなので、玄関先までお見送りをお願いしてもいいですか」と伝えると「はいよ」と動いてくださいました。
僕の居るリビングから玄関先の声は聞こえ様子もわかるので、聞き耳を立てて伺っていると、カズコさんが「おばあちゃん気をつけてね」と送り出しの言葉をかけてくださり、「ありがとうございます」と、トメさんの返す言葉も聞こえました。
そのうち玄関の扉が開くと鳴る「ピンポーン」の音も聞こえましたので、そこに僕も行って「気をつけてお帰りくださいね。ところでトメさん、おうちはどちらでしたかね」と聞くと「九十九里です」と答えてくれましたので、カズコさんに「九十九里ってご存じですか」と投げかけてその場を離れました。
チラチラ玄関先に目をやりながら様子をうかがっていると、トメさんとカズコさんは玄関を出たところの路上で立ち話を始めていたので、その話が聞こえる事務所に移動して聞いてみました。
カズコさんは「おばあちゃんのおうちは、どちらなの」と聞き、トメさんは「九十九里です」と答え、また続けてカズコさんは「そうなの。ところでおばあちゃん、九十九里ってどこですか」と聞き「九十九里です」とトメさんが返し、またまたカズコさんは「九十九里ですかぁ。ところでおばあちゃん九十九里ってどこですか」の押し問答を繰り返していました。
トメさんは「何度も聞くおかしな方」とは思えない記憶障害があり、カズコさんも同じような状態です。
トメさんはその話を振り切って帰ることはできない・帰ろうとはされない方で、カズコさんもご挨拶をきちんとされる方なので延々とそれに似たような会話が続きました。
やがて薄暗くなってきたのを見計らった僕が「ご飯食べましょうか」と大きな声を出すと、カズコさんはトメさんに「ご飯ができたそうよ。食べましょう」と誘いの言葉をかけ、案の定トメさんも薄暗くなってきた状況とカズコさんの押しの強さに断り切れず、「そうですかぁ、悪いですね」と言いながら施設の中に戻ってこられました。
これは、振り切れないであろうトメさんとお世話好きでお話し好きのカズコさんコンビならではの出来事ですが、こうした策を駆使して「鍵をかけて閉じ込めない」「家に帰ることを止められたと思われないように」していました。
ご飯を食べ終わったトメさんは、いつもどおり自ら後片づけをして、後片づけが終わる頃に「お風呂お先にどうぞ」とお誘いすると、「そんな、旦那様を差し置いては入れますか」と言われたので「実はさっき先にいただいちゃいました。すみません」とコソっと耳打ちすると「そうですか。では、いただきます」と自分のお部屋に戻って行かれました。つまり日常に戻ったってことです。
いろんな場面で、その方々の状態やお人柄を把握していてなお、関係性を良く知っていればこそですが、そもそもは人間関係が築けやすい少人数で24時間を共に過ごす場であり、支援者である僕らも情報を得やすい場であればこそですし、それを築こうとする支援力が働いていればこそ可能な出来事です。
ほんと「いやらしい僕だな」と、いつも思っていましたし、僕にとって巧くいったことほど自問自答し続けています。
写真
僕が関係している法人の運営している施設近くのお花屋さんで撮った「胡蝶蘭」です。
性能の悪い僕のガラ系携帯電話カメラでも神秘的に撮れましたね。この店は胡蝶蘭のピラミッド(僕にはそう見える)があり、専門店かと思うほど胡蝶蘭に力を入れています。
ちなみに買ったのは連れ合いのお父さんへの父の日プレゼントで薔薇。ちびも僕に薔薇を買ってくれましたが、僕は考え込んでしまいました。「なんで俺にピンクなんやろか」って。