和田行男の婆さんとともに
「大逆転の痴呆ケア」でお馴染みの和田行男(大起エンゼルヘルプ)がけあサポに登場!
全国の人々と接する中で感じたこと、和田さんならではの語り口でお伝えします。
- プロフィール和田 行男 (わだ ゆきお)
-
高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。
特別養護老人ホームなどを経験したのち99年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は株式会社大起エンゼルヘルプ地域密着・地域包括事業部 入居・通所事業部部長。介護福祉士。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。
なくてはならないモノに
障がいをおっても列車に乗って旅がしたい。
その思いを実現するために「障害者列車ひまわり号(フレンドシップトレインひまわり号)」という列車の旅の運動が始まったのは1982年のこと。
僕はこの運動に1983年から10年間関わらせてもらったが、その中で、とても印象に残っているキャッチコピーがある。
「ひまわり号が走らなくてもよい社会を」
それから30数年、今聞くのは「グループホームがなくてもよい社会を」である。
このキャッチコピーは、当時の京都新聞社の記者が残してくれた言葉だ。
つまり「この運動は、ひまわり号という特別な列車を仕立てて旅を実現しながら、実はその列車が走らなくても済む社会の在り様を目指している」と僕らの運動を紹介してくれた時に書いてくれた見出しなのだ。
僕はこの言葉は「言い得て妙」だと思っていたし、それをよく引用させてもらっていたが、あれから30年以上経って「グループホームがなくてもよい社会を」という言葉を耳にしても、もう僕にはハマラナイ。何故なら、今の僕は、グループホーム不要の社会を描いてはいないからだ。
そのわけは。
たとえ認知症になっても自宅で暮らし続けられるほうがよいという思い込みが前提にあれば、確かに「自宅生活を続けられる社会が成り立てばグループホームなんて不要」となる。
でも僕は、「共同生活への支援がしっかりとある共同生活住居」は、自宅生活を続けることよりも「人としての暮らしの継続」に良い結果を生むことを知っているため、どんなに自宅生活を継続できる仕組みが整った社会になったとしても、グループホームを失くしてはいけないと思っているからだ。
逆に言えば、そうなった社会でも必要とされるグループホームを目指さねばということだ。
先述のひまわり号で言えば、障がいをおった人が日常的に列車に乗れるような社会になれば、特別仕立ての列車は必要ないということになる。
でも、特別仕立ての列車に日常にはない良さがあれば、「ひまわり号」は求められ、走り続けることだろう。
僕はその良さは、単に列車に乗って移動ができればよいという「手段としての交通機関」ではなく「交通機関を使うことにも目的がある」ことにあると考えてきたし、今もそう思っている。最近の日本で言えば「ななつぼし」もそうかな。
グループホームだって同じことだ。
そう考えると、今の時代は、グループホーム以外にもサービス付き高齢者住宅といったような居住形態が増えてきており、グループホームに空きが出て満室にならない地域も出てきているように聞いている。まさに、グループホーム不要の社会になってきているということだ。
こうなってくるとグループホームでなければ実現できない・実現しにくい「暮らしの姿」を描けないと、グループホームの存在意味はなくなる。
今こそ、グループホームはどんな社会の中でも必要だ!と言い切れるかどうかにかかっているのだ。
今いちど、グループホームの事業者・従事者は生活支援システムとしての「グループホーム(認知症対応型共同生活介護)」を再考してみてもらいたい。
単に「24時間型入居形態のモノ」が増えてきてもびくともしないモノとして実践できているかどうか、認知されているかどうか…である。
写真
日本の西の果て与那国島に来ているが、地球は球面、しかも南北を軸に自転しているのだから、東西の端はないはず。であるにもかかわらず「ある」のは、国家という線引きがあるからだ。ここは日本という国の西端であって地球の西端ではない。
云十年先、「日本」じゃなく「地球」になれば、どの国でも西の果て、東の果てはなくなることだろう。地球人で考えれば「無い端」である。
そう考えて西の果てに来てみると、逆に最西端の写真を撮りたくなる。
それは僕にスケベ根性があって、いつかきっとプレミアムな写真になると信じているからかな。ハハハ