和田行男の婆さんとともに
「大逆転の痴呆ケア」でお馴染みの和田行男(大起エンゼルヘルプ)がけあサポに登場!
全国の人々と接する中で感じたこと、和田さんならではの語り口でお伝えします。
- プロフィール和田 行男 (わだ ゆきお)
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高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。
特別養護老人ホームなどを経験したのち99年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は株式会社大起エンゼルヘルプ地域密着・地域包括事業部 入居・通所事業部部長。介護福祉士。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。
スクランブル出動
北海道の“ナオト君”と、共通の知人に会うまでの隙間時間を狙って、支笏湖畔秘湯丸駒温泉に行った時の出来事です。
温泉に浸り「さぁ、知人に会いに行くべ」と温泉宿を出て町に向かう山道を走っていると、こちらに向かって高齢者(仮にトメさんとする)が一人で歩いてきました。
そこは要衝の道路なので、山中とはいえ交通量が多く、トメさんは車の進行方向と逆に歩いていて、トメさんにとっては上り坂、車は下り坂、おまけに歩道は線が引かれているだけの状態でした。
車は下り坂なので道幅いっぱいのトラックも含めて車速が高く、トメさんの横を前からびゅんびゅん通り抜けていく危ない道でしたが、脇目もふらずって感じで歩いていたのです。
職業病なんでしょうね。瞬間的に「ひょっとして」と思いましたので、ナオト君に声をかけようかなと思ったのですが、認知症のことを一生懸命取り組んでいるナオト君のほうから「高齢者が一人で歩くようなところじゃないですよ。もしかして…待ち合わせには間に合わないけど声かけましょうか」と「流石のひと声」が出ました。
即、Uターン!
まずは捜索願が出ていないか110番通報。
ナオト君が警察官に状況を話すと「届けは出ていないようだが、こちらに向かってくれる」との回答があり、警察官から「何とか保護しておいてくれないか」とお願いされたようだ。
反対車線を歩くトメさんを横目にいったん通り過ぎ、先で再びUターンして停車。トメさんが近づいてくるのを待って、ナオト君が車を降りて声をかけた。
「和田さん、間違いないですね。この車を運転してくれますか」「ナオトが運転して。僕がいきますから」
と伝え、トメさんを追った(ちなみにこれに意図はなく、ナオト君の車なので自然に出た言葉です)。
ここからは、コトの後でナオト君からいろいろ質問されたことを記事にしたものです(少し「わかる文章」として成り立つように脚色してありますが、ほぼリアルな会話です)。
N:トメさんを追い越して、トメさんの前を歩いたのはなぜ。
W:後ろから着いていったら、トメさんに不安とか恐怖とか余分な思いをさせるやん。
人通りのある東京のうちのグループホーム入居者なら、ストーカーのように後方から着いていってもその心配はほとんどしなくてよいけど、車の往来が多いとはいえ、人っ子一人歩いていないこんな山道で、後ろから着いて来られたら嫌やし、怪しいで。
N:そうですよね。トメさんを追い越すときに声をかけたように見えたけど、何か言ったの。
W:「こんにちは、支笏湖はこちらですかね」って聞いた。
N:そしたら何て?
W:曖昧だった。だからさらに認知症かなと思った。
N:和田さん、すごい自然に振る舞ってましたもんね。
W:付け加えて「足が強そうですね」とトメさんに触れる言葉をかけ「僕はもうくたくたです。支笏湖はまだ遠いですかね」って、僕に触れてもらう言葉を足したんやけど、トメさんはほとんど反応しなかったわ。
それで、当たり前のことやけど「警戒されているな」と思ったんで「お気をつけて」と言い残して、少し距離をとるように足早に立ち去ったんや。
N:僕から見ていて一定の距離を保ってトメさんの前を歩いていたように見えたけど、何に注意しながら歩いてました?
W:誰でも前を歩いている人間にしょっちゅう後ろを振り返られると怖いやろ。でも僕としてはトメさんをしょっちゅう目に入れたいやん。
だから景色を見るふりをして顔を横に向けた時に、トメさんが視野に入るかどうかと足音が聞こえる距離やね。
N:だから、距離を変えたりしてたのか。
W:15分くらい経ったとき、わざと道にへたり込んでトメさんに追いつかれるのを待った時は、その時点で15分くらい経っていたのでトメさんの呼吸などの様子をうかがうため。
あとは「足音が聞こえないな」と思った時にスピードを落として、聞こえる距離に縮めた。音は、雨や車の状況など環境に左右されるしな。
N:道端のフキの葉をちぎったでしょ。あれは?
W:フキの葉をちぎったときは30分経った頃で、そろそろパトカーが到着すると思ったから「もう少し関係をつくっておきたいな」と思ったんや。
ちょうど雨が強くなってきたんで「これは使えるな」と思ってフキの葉を傘代わりにしようと思ったんや。
N:その時に会話してましたもんね。
W:フキの葉をちぎりながら、トメさんが僕に追いつくのを見計らって、フキの葉を傘のように持って歩きはじめたんやけど、その僕を見て「ほら、あそこにもっと大きなふきがあるよ」って教えてくれたんや。
だから「ほんまや、ありがとう」って礼を言ったんやけど、そこからいろいろ話してくれるようになった。
その前に、明確ではないんやけど「あそこ…○○…ふき…あった」みたいな話をしてくれていたんで「雨、傘、フキ、トメさんの言葉」と「トメさんにわかりやすいキーワード」と思えることが揃ったんで、迷わずフキを使った。
N:そこからは横並びで一緒に歩けていましたもんね。しかも驚いたのはパトカーが到着してお巡りさんが二人に近寄ってきたときの和田さんの言動。それまでとは全く違ってましたもんね。
W:お巡りさんが「保護しに来ましたよ」と言わんばかりの言動をとるんじゃないかと想定して、そうなるとまずいから僕から仕掛けたんや。
まずはトメさんに「ほら、いいとこにお巡りさんがいるわ。えらい雨降ってきたし乗せてってもらおう」と声かけたんや。
トメさんは「大丈夫ですよ」なんて控えたけど、僕はその言葉はわざと無視。
次にお巡りさんに手まねきしながら大きな声で「お巡りさん、ええとこにいたわ。雨降ってるし乗せてってよ。ほんま、ええ時にいてくれて助かるわ」と、お巡りさんに「変な言動はとるなよ!」「空気読めよ!」と言わんばかりに喋りまくった。
重ねてトメさんには「お母さん、よかったなぁ」を連発し、「お巡りさんなら安心や。乗せてってもらい」と何度か付け加えて、「それもそうや、この人の言うとおり」と思ってもらえる“安心風”を思いっきり吹かせるためや。一生懸命やってたやろ。
N:ほんと見てて思った。不安や心配を感じさせない言動であたりの空気を包んでましたもの。それまでは言葉少なやったけど、その時はガンガン言葉を出していましたものね。和田さんのかかわり方を初めて見せてもらいました。
少しの接触だったけどトメさんのことでわかったことは、「住所が言える(たぶん自宅かな)」「ふきをとりに山に来ていた時期があった」「身なりはしっかり整っていた」「健脚である」「知らない人に対して警戒心がある」「僕の言葉の意味がわかる」ってなことですが、お巡りさんから「どこに行くの」って聞かれて答えた住所は、トメさんが向かっていた方向とは真逆のほうだったようです。
おかげで待ち合わせ時間に遅れること1時間。
知人にその話をしたら、その近くにグループホームがあるからひょっとしたらそこの方かもしれないね、と話してくれた。
僕はそれを聞いた時に、仮にそうだとしたら、「山の中のグループホームだから・交通量が多く歩道も整備されていないから=危ないから=鍵かけて閉じ込めておく」となりがちなのに、そうは考えていない可能性のあるグループホームってことで、その心意気が同業者として嬉しいなと思った。
ナオト君・和田さんコンビがスクランブル出動したっていう自慢話なのですが、僕にとっては数年ぶりの出来事。
トメさんには申し訳ないですが「久々の緊張感」でちょっぴり興奮しましたし、ナオト君にとっては、ちょうど「認知症のひと見守りネットワーク研修会」で講義する仕事が控えていたようで、「生きた話ができます」って喜んでいました。
ナオトも僕も「ふとどき者」です。
でもトメさん、良かったですね。
フキの匂いをさらに強くする雨の日に散歩ができて。
不安もあったでしょうが、また一人で散歩に行けるといいですがね。でも、今後はトメさんに対して警戒・監視が強まるから、難しくなるでしょう。
ごめんなさい。
ナオト君・和田さんコンビは一人でぶらっと出かけられる社会づくりへ尽力しますね。
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今年も演ってきました北海道「カッパーズ・トークライブ」in苫小牧。
今年は第一部演奏と第二部演奏(僕が出場)の合間に「トーク」が60分間企画され、参加してくださった方々との対談形式(一人10分)という初企画をさせていただきました。
介護職員、ケアマネジャー、保健師、カッパーズのメンバーの皆さんからいただいた質問にお答えさせていただくのですが、毎年聞いてくれている御重鎮からは「今年のは、良かったぞ」とのお言葉をいただけました。
ありがたいことですが、僕が喋りすぎのきらいがあり、もうちょっと改良が必要ですかね。
あとは歌。今年はいつも以上にボロボロでしたね。
リハーサルと直前にやった5時間研修会で声を使い果たしてしまい、来てくださった方々に申し訳なくて。
でも、生死の病を乗り越えて2年ぶりにフルメンバー復活のステージとなり、実は僕、泣いていました。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
ひょんなことで尋ねた「癌封じの御利益があるお寺」のおかげ様でしょうね。もう一人の親友も復活しましたからね。
ちなみに文中のナオト君は、写真の左側で「サングラス・ハット・ギターを抱いているヤツ」で、右側でギターを弾いているヤツは2年連続サロマ湖100キロマラソンに出場し12時間で走ってきた「ラン伴」にも参加している、超人クレパスシンちゃんです。
さりげないこんなメッセージを楽屋に書いてくださったひと。
いつもそっと支えてくれる人たちのおかげ様です。
ありがとう!