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スタッフの定着・成長を支える
リーダーシップとマネジメント

 今、介護をはじめとする福祉の職場では、新人スタッフの定着と成長が課題となっています。例えば介護職員などは、入職後4割が半年で辞めるという統計もあり、高い離職率が問題となっています。また、離職の背景として、給料や休みなどの労働条件の他に、職場の理念や運営方針、将来の見通しがたたない、人間関係などが指摘されています。
 この連載では、コミュニケーション論、人間関係論、集団・組織論がご専門の諏訪茂樹先生に、これらの問題をわかりやすく説明していただき、さらには具体的な解決策についても触れていただきます。福祉の現場でのリーダーシップやマネジメントの基本を学んで、あなたの職場のスタッフの定着と成長を支えていきましょう!

けあサポ編集部

諏訪茂樹(すわしげき)
著者:諏訪茂樹(すわしげき)

人と人研究会代表、日本保健医療行動科学会会長、東京女子医科大学統合教育学修センター准教授、立教大学コミュニティー福祉学部兼任講師。著書として『対人援助のためのコーチング 利用者の自己決定とやる気をサポート』『対人援助とコミュニケーション 第2版 主体的に学び、感性を磨く』(いずれも中央法規)、『コミュニケーション・トレーニング 改訂新版 人と組織を育てる』(経団連出版)、他多数。


第24回(最終回) 仕事がスタッフを育てる

福祉の仕事の醍醐味

 筆者は長年、社会福祉を学ぶ大学生とともに、社会福祉士国家試験で出題されたソーシャルグループワーク(集団援助技術)関連の問題に取り組み、解説を試みてきました。2014年の第27回国家試験では、自助グループ(セルフヘルプグループ)に関する選択問題が出題されて、選択肢の中に「ヘルパー・セラピー原則」という言葉が出てきました。この言葉はリースマンが提唱したものであり、自助グループにおいてメンバーは他のメンバーを助けることにより、自分自身の価値を理解することができ、自尊心の向上へとつながるというものです1)。このリースマンの指摘は福祉職にも当てはまると、日ごろから筆者は考えておりました。さまざまに工夫して援助することで、利用者の尊厳を守ることができたとき、「この仕事を選んでよかった」「これからも頑張ろう」と思うことができるのであり、このような仕事の醍醐味が、本連載の第2回で紹介した内発的動機づけや向社会的動機づけをさらに強め、福祉職を定着・成長させることにつながるのです。

社会に欠かせないエッセンシャルワーク

 仕事の醍醐味だけではなく、福祉の仕事の社会的価値も、福祉職が自分自身の価値を理解し、自尊心を向上させることになります。強者が弱者を制するという理不尽を一つずつ無くそうとするのが、これまでの人類の歴史でもありました。成熟した社会は弱肉強食ではなく、誰もが人として大切に扱われる社会であり、人々の尊厳を守る福祉職は成熟社会に欠かせないエッセンシャルワーカーなのです。ところが、残念なことに今の社会には、なくても困らないブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)があふれており、しかもブルシット・ジョブで高額所得を得ている人が少なくありません2)。そして、社会になくてはならないエッセンシャルワークには、その社会的価値にふさわしい対価が十分に支払われているとは言えないのです。低賃金がエッセンシャルワーカーの退職理由にならないようにするのは、成熟社会を目指すすべての人の責任だと言えます。

出産・子育てが退職理由の上位にくる後進国

  福祉職の退職理由を手がかりにして、スタッフの定着・成長をサポートするリーダーシップとマネジメントを考えてきましたが、取り上げずに終わるわけにはいかないのが出産・子育ての問題です。出産・子育てが退職理由の上位を占めるのは、看護師、保育士、介護職など、女性の多い職業に共通する特徴です。つまり、出産・子育てを女性の役割として押しつけるジェンダーギャップが、日本には根強く残っているのです。そのために、せっかく養成校を出て、資格を取得して就職しても、出産・子育てをきっかけにキャリア継続を中断して退職し、子育てが落ち着いたころに、非正規雇用の単純労働者として復帰する女性が少なくありません。そうすると、質の高い個別のサービスを提供するゼネラリストやスペシャリストがなかなか育たず、専門家として仕事の醍醐味を味わいながら働くことも難しくなります。これは一つの人権問題であるのに、そのことに無自覚なまま、文化として延々と引き継がれているのが、男女格差に関して後進国であるこの国の現状なのです(表)。

フルタイムで働きながら子育てできる社会へ

 今年(2022年)から男性も、出産休暇の取得が可能となりました。しかし、育児休暇もろくに取得しない日本の男性に、出産休暇の取得を期待することはできません。そもそも出産・育児を当事者だけに押しつけること自体に限界があり、育児も介護と同様に社会全体で担うという理念が必要でしょう。そして、フランスなどで見られるように3)、保育園などへの送迎を親に代わってベビーシッターやチャイルドシッターが行い、フルタイムで働く子育て世代がベビーシッターやチャイルドシッターを雇用できるように、その費用を国や自治体が負担するのが、現状では現実的で効果的だと筆者は考えます。「財源はどこにあるのか?」と政治家はすぐに言い出します。しかし、限られた財源の中で、予算を何に重点配分するのかを決めるのは、政治家の役割です。そして、その政治家を選ぶのは有権者である私たちです。福祉職のキャリア形成を困難にしている社会的背景に目を向け、それを解決するためのアクションを起こすことが、福祉職にも求められていることを指摘し、今回の連載を終えたいと思います。

文献:
1)Riessman, F. :The “Helper” Therapy Principle. Social Work, Vol.10, Issue 2, 1965, p27–32.
2)デヴィッド・グレーバー(酒井隆史 他 訳)『ブルシット・ジョブ ―クソどうでもいい仕事の理論』岩波書店、2020
3)牧 陽子『産める国フランスの子育て事情 出生率はなぜ高いのか』明石書店、2008

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