メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

スタッフの定着・成長を支える
リーダーシップとマネジメント

 今、介護をはじめとする福祉の職場では、新人スタッフの定着と成長が課題となっています。例えば介護職員などは、入職後4割が半年で辞めるという統計もあり、高い離職率が問題となっています。また、離職の背景として、給料や休みなどの労働条件の他に、職場の理念や運営方針、将来の見通しがたたない、人間関係などが指摘されています。
 この連載では、コミュニケーション論、人間関係論、集団・組織論がご専門の諏訪茂樹先生に、これらの問題をわかりやすく説明していただき、さらには具体的な解決策についても触れていただきます。福祉の現場でのリーダーシップやマネジメントの基本を学んで、あなたの職場のスタッフの定着と成長を支えていきましょう!

けあサポ編集部

諏訪茂樹(すわしげき)
著者:諏訪茂樹(すわしげき)

人と人研究会代表、日本保健医療行動科学会会長、東京女子医科大学統合教育学修センター准教授、立教大学コミュニティー福祉学部兼任講師。著書として『対人援助のためのコーチング 利用者の自己決定とやる気をサポート』『対人援助とコミュニケーション 第2版 主体的に学び、感性を磨く』(いずれも中央法規)、『コミュニケーション・トレーニング 改訂新版 人と組織を育てる』(経団連出版)、他多数。


第15回 困っているスタッフへのコーチング

問題を明確にする

 コーチングを始めるにあたって、まず明確にしなければならないのが、これから取り上げようとする具体的な問題です。指導者や管理職の中には「何か困ってることはありませんか」と、スタッフに対して尋ねる人がいます。そうすると、指導者や管理職から早く逃げたいと思っているスタッフは、問題があったとしても「特にありません」「大丈夫です」「おかまいなく」と答えてしまうのです。「はい」「いいえ」などと答え方が決まっている選択式の「閉ざされた質問」ではなく、自由回答式の「開かれた質問」により「困っていることは何ですか」と尋ねるほうがいいでしょう1) 2)。それでもスタッフから問題を引き出せないこともあります。そのようなときには、スタッフから問題を引き出そうとするのではなく、指導者や管理職から見て問題だと思われことを一つあげ、「・・・について聞かせてください」と切り出すことをおすすめします。

背景を考えてもらう

 問題を明確にしたところで、「どうしてそうなったと思いますか」と尋ねることにより、問題の背景を考えてもらいます。もしも答えがすぐに返ってきたとしても次へと進まず、「他に何か思い当たることはないですか」「人間関係で問題はありませんか」などと尋ねて、問題の背景を十分に考えてもらうのがよいでしょう。「なぜ、そうなったのですか」と原因を尋ねると、責められていると受け取る人がいます。そのために、「どうすれば解決できますか」と尋ねて解決策のみに焦点をあてるソリューション・フォーカス・アプローチ(Solution Focus Approach)もあります。しかし、問題の背景を十分に考えずに、よりよい解決策を考えることは難しいでしょう。大切なのは一緒に考えようとする指導者や管理職の態度であり、それがスタッフに伝われば、責め立てていると誤解されることもないはずです。

解決策を考えてもらう

 問題の背景を十分に考えれば、解決策も考えやすくなります。そこで「どうすればよいと思いますか」と尋ねることにより、解決策を考えてもらいます。もしも答えがすぐに返ってきたとしても次へと進まず、「他に何かよい方法はありますか」と尋ねて、さらに解決策を考えてもらわなければならないこともあります。特に「あきらめるしかない」という答えが返ってきたときには、「わかりました、じゃあそうしましょう」と言って支持するわけにいきません。「あきらめる以外に何かよい方法はないですか」と尋ねて、よりよい答えを考えてもらわなければならないのです。なんでもかんでも相手の答えを認めるのが、コーチングではありません。何かと質問をすることで考えてもらい、少しでもよい答えにたどり着いてもらうのが、コーチングの本質なのです。

自己決定を支持する

 仕事に関する問題であれば、スタッフよりも経験を積んでいる指導者や管理職のほうが、解決策の妥当性を判断できます。スタッフから妥当な答えが返ってきたならば、「わかりました。じゃあそうしましょう」と言って支持することになります。ただし、支持するだけで終われないこともあります。特に解決策の実行が疑わしく、「あやしいな。やらないかもしれない」と思える場合には、確実に実行してもらうために行動を計画してもらわなければなりません。「具体的に何から始めますか」とか「それはいつからできますか」と尋ねることにより、明日からでも、今からでもできるところまで行動計画を立ててもらいます。「利用者中心のサービスを提供する」などという漠然とした解決策ではなく、そのためにまずは何をしなければならないのか考えてもらいます。「まずは利用者のニースを把握するために、明日から聞き取りをします」というところまで具体化すれば、確実に実行される可能性が高まるのです。

プロセスレコード1

自分の言葉 相手の言葉 備 考
①困っていることは何ですか。 問題を明確にする
②朝早く目を覚まし、起こしてほしいと大声を出す利用者がいます。
③どうしてそうなると思いますか。 背景を考える
④あの利用者は大家族の専業主婦だったので、もしかすると朝食を作らないといけないと思っているのかもしれません。
⑤どうすればいいと思いますか。 解決策を考える
⑥車いすでキッチンに移してもらい、朝食の準備に立ち会ってもらうと落ち着くかも。
⑦わかりました。じゃあ、そうしましょう。また次回、経過を教えてください。 自己決定を支持する
文献:
1)諏訪茂樹『対人援助のためのコーチング』中央法規出版、2007、p63、p114
2)諏訪茂樹『看護にいかすリーダーシップ 第3版 ティーチングとコーチング、チームワークの体験学習』医学書院、2021、p105、p107