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スタッフの定着・成長を支える
リーダーシップとマネジメント

 今、介護をはじめとする福祉の職場では、新人スタッフの定着と成長が課題となっています。例えば介護職員などは、入職後4割が半年で辞めるという統計もあり、高い離職率が問題となっています。また、離職の背景として、給料や休みなどの労働条件の他に、職場の理念や運営方針、将来の見通しがたたない、人間関係などが指摘されています。
 この連載では、コミュニケーション論、人間関係論、集団・組織論がご専門の諏訪茂樹先生に、これらの問題をわかりやすく説明していただき、さらには具体的な解決策についても触れていただきます。福祉の現場でのリーダーシップやマネジメントの基本を学んで、あなたの職場のスタッフの定着と成長を支えていきましょう!

けあサポ編集部

諏訪茂樹(すわしげき)
著者:諏訪茂樹(すわしげき)

人と人研究会代表、日本保健医療行動科学会会長、東京女子医科大学統合教育学修センター准教授、立教大学コミュニティー福祉学部兼任講師。著書として『対人援助のためのコーチング 利用者の自己決定とやる気をサポート』『対人援助とコミュニケーション 第2版 主体的に学び、感性を磨く』(いずれも中央法規)、『コミュニケーション・トレーニング 改訂新版 人と組織を育てる』(経団連出版)、他多数。


第10回 一人前の専門家にいたるキャリアパス

専門家は一夜にしてならず

 「専門家集団にふさわしい逆ピラミッド組織へと、どうすれば改革できますか。組織図を上下逆にすればいいのでしょうか」という質問が、ある施設から寄せられました。そこで筆者は、「目指すべきゴールとして組織図を逆にするのはよいのですが、それだけでは絵に描いた餅です。大切なのは、目標管理ができる自立した専門家をたくさん育てることです」と答えました。自立した専門家は一夜にして育ちません。単純労働者は仕事の手順を示したマニュアルさえ揃っていれば、数か月で一人前になります。それに比べて専門家は養成教育を受け、職種によっては資格試験に合格したうえで、就職してから何年もかけて一人前へと成長していくものなのです。養成教育を受けている段階は、ちょうど飛行機が滑走路を走っている状態です。就職すれば離陸ですが、それで専門家になったわけではなく、専門家の入口に立っただけなのです。しばらくはシートベルトを締めたままで上昇を続け、安定飛行となりベルトサインが消えたら、一人前の専門家となるのです。

まずはマニュアル通り

 新人に最初から利用者を任せて、援助過程を展開してもらうことはできません。そこで、まずは「先輩の指導のもと、マニュアル通りの仕事ができる」ことを、目標にしてもらうのが現実的です(図1)1)。先輩はマニュアルを見せながら仕事のやり方を教えて、標準的なサービスの基本を覚えてもらいます。一人ひとりの利用者にあった個別のサービスはマニュアルに書いてありませんが、やはり先輩が指導することで、実践してもらうことになります。そして、やがて新人から若手へと成長すると、「先輩の指導なしにマニュアル通りの仕事ができる」ことを目標にしてもらいます。マニュアルにはない個別のサービスは、あいかわらず先輩がいないとできません。ただし、いつまでも一方的な指導では成長していきませんので、個別のサービスについても少しずつ考えてもらう方がよいでしょう。

やがてマニュアルを超える

 「福祉はマニュアルではない」と考える人も、読者のなかにはいるでしょう。しかし、まずはマニュアルをマスターしないと、マニュアルを超えることはできません。やがて若手から中堅へと成長すると、標準的なサービスはマニュアルなしでも提供できるようになってもらいます。さらに、それだけではなく、「マニュアルを超えた質の高い仕事ができる」ことにも、中堅にはチャレンジしてもらうのです。福祉専門職にとっての本来の目標管理である援助過程を、ここで初めて展開することになります。一人ひとりの利用者にあった個別サービスを目指すのです。ただし、未だ一人では援助過程を十分に展開することができず、先輩による後方支援が必要となります。後方支援を繰り返すうちに、やがて中堅は自立したベテランへと成長していきます。ベテランは一人前の専門家として、他の専門家と連携しながら、自立して援助過程を展開することになります。

スタッフを退職させるキャリアパス

 新人から若手へ、若手から中堅へ、そして中堅からベテランへと、スタッフは成長していくのであり、その成長を支える教育能力が専門家の職場には求められます。スタッフを育成し、ベテランの分厚い層を形成することができれば、職場は逆ピラミッド組織になるのです。ベテランのスタッフは管理職や経営者と対等であり、職場内の役割が異なるだけです。ところが、福祉分野の職場では、まるで上下関係を前提にしたような、ピラミッド組織と変わらないキャリアパスもみかけます(図2)。スタッフの次は管理職、管理職の次は経営者というキャリアパスです。しかし、全員が管理職や経営者に向いているわけではなく、生涯現役で活躍したいスタッフもいます。また、ピラミッド組織では同期のスタッフの全員が管理職や経営者になれるはずもなく、多くのスタッフは途中で退職せざるを得ないのです。スタッフを退職させるキャリアパスから、スタッフが定着し、成長できるキャリアパスへと、早急に作り変えることが望まれます。

文献:
  • 1)諏訪茂樹『看護にいかすリーダーシップ 第3版 ティーチングとコーチング、チームワークの体験学習』医学書院、2021、p.35