宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
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- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
断片化に表れるポリシーの欠如
施設従事者等による障害者虐待は、自閉症スペクトラム(以下、ASDと略)のある人に係わる事案が目立ちます。
今年の4月に出た厚労省『障害者福祉施設等における障害者虐待の防止と対応の手引き』においても、利用者支援に関連して「特に自閉症についての障害特性、行動障害の理解と支援についての専門性の欠如」(16頁)の問題を指摘しています。
わが国の障害者福祉は、1949年身体障害者福祉法、1960年知的障害者福祉法、1995年精神保健福祉法と、障害別に分断したバラバラの法制度化の歩みを経て、三障害の体制を作り上げました。
この障害別に分断したバラバラ感は、雇用促進法の領域でも同じです。障害者雇用促進法による雇用の義務化は、身体障害の1976年を皮切りに、知的障害の1998年、精神障害と2018年となっています。
障害別分断のバラバラ感の下で、政策的対応のさらに遅れた領域が発達障害のある人への支援です。発達障害者支援法は2004年に施行されますが、広域をカバーする発達障害者支援センター以外の支援サービスは、障害者総合支援法によるものです。
このような経緯を踏まえると、ASDに係わる高い専門性のある支援者は三障害体制を続けてきた障害者福祉の領域にほとんどいなかったのです。「ある程度ならある」という支援者もいますが、ほとんどはノウハウをつまみ食いした程度で、とても専門性があるとは言えない状況でした。
ASDのある人への支援がうまく運ばない問題への指摘そのものは、1980年代には浮上していました。それが、2022年4月の前掲の『虐待の防止と対応の手引き』で「特に自閉症についての障害特性、行動障害の理解と支援についての専門性の欠如」と、今さらのように指摘せざるを得ないのです。政策の失敗と業界団体の責任はまことに大きいと思います。
知的障害のないASDのある人(以前、高機能自閉症やアスペルガー症候群と分けられてきた人たち)は、手帳制度としては精神保健福祉手帳になりますが、精神保健福祉法の下で展開された支援対象は統合失調症モデルを中心に据えてきた経緯があります。
ASDに関連する各地の当事者団体の人たちの話を伺うと、発達障害者支援センターの職員でさえ、専門性があるとは言えない「支援者」がたくさんいると嘆きます。加えて、ペアレントメンター養成事業に関する評価もまことに厳しい。
ペアレントメンター養成事業への「協力は止むを得ずしているが、事業に意味があるとは思っていない」という本音を全国各地で聞きました。その理由を伺うと、「メンターにふさわしい人材がこの養成事業に参加するわけでもなく、芽のある人が参加してもその後の成長を保障できるだけの条件整備がない」という点で各地の指摘は共通しています。
わが国におけるペアレントメンター養成事業の原モデルは、1970年代にショプラー(Shopler E.)らがノースカロライナで研究開発したTEACCHプログラムに含まれる取り組みです。
TEACCHでは、ASDのある子どもの親を、専門家と同等以上の「共同療育者」(co-therapist)として位置づけ、その期待に応えることができるようになるために必要十分な親への支援も提供します。なお親とは「両親」のことです。「母親」ではありません。
このプログラム全体の特徴は、次のように包括的な内容で構成されており、その中の一つに「親は共同療育者」を位置づけているのです。
①ノースカロライナ州政府の全面的なバックアップの下で、州全域で実施される
②ASDのある人の生涯にわたる地域生活支援を実施する長期的体系的プログラムである
③親は共同療育者である
④先を予測することの難しさがある等の障害特性に配慮した構造化された環境の整備
⑤ASDのある人たちのモノやヒトの捉え方や行動様式を「ASDの文化」として捉える
このように包括的でシステマティックなTEACCHプログラムは現在世界に広がり、自治体または国として採用しているところがたくさんあるそうです。そして、ASDのある人の自立した地域生活の実現に間違いのない大きな成果を上げています。ASDのある人の9割が一般就労で働き続けているそうです。「就B」や「生活介護」じゃありません。
1970年代からはじまったASDのある人に対する包括的でシステマティックな政策と支援の実施が世界各地で成果を上げているのに対し、日本ではASDに係わる専門家の育成さえままならない状況の下で「ペアレントメンター養成事業」を実施し、虐待防止の中で「自閉症の障害特性と行動障害」にかかわる「専門性の欠如」を言い出す始末です。
自閉症の当事者団体の人たちは、TEACCHプログラムの包括的でシステマティックな内容については熟知しています。だから、ASDに関する高い専門性のある支援者を育成することにも不十分なまま、「ペアレントメンター養成事業」を自治体が外部団体に丸投げして「どのような意味があるのか」と疑うのは当然です。
北欧諸国のノーマライゼーションやソーシャル・インクルージョンは、社会保障・社会福祉を発展させることによって、障害のある人たちと共に地域社会で暮らす文化を豊かにしてきました。
ノースカロライナのTEACCHは、ASDのある人たちへの包括的でシステムマティックな支援を通じてASDの文化を育み、多様性が尊重される地域社会を実現しようとしています。
わが国では福祉サービスに係わる公的責任を希釈化するための理念として「ノーマライゼーション」という用語を政策文書に使い回し、TEACCHについては「親は共同療育者」の、しかもほんの一部だけをつまみ食いしただけです。
障害者虐待防止法の施行以来の10年間に、居室への施錠監禁などの身体拘束の事案は、その多くにASDが絡んでいます。神奈川県立中井やまゆり園の酷い組織的な虐待事案についても、他の障害者支援施設が支援を中途放棄したASDのある人たちが多くいるはずです。
このような虐待の根っこにある問題の改善に着手する気があるなら、TEACCHプログラムのように包括的でシステマティックな支援の施策を国と自治体が全面的にバックアップして実行する以外に手立てはないと言っていいでしょう。強度行動障害支援者養成研修の受講を監査で確認して、事業者報酬に色をつけるような施策の手法はとっくに陳腐化して破綻しています。
鉄道開業150周年
日本の鉄道開業150年を迎えたこの10月は、鉄道関連のテレビ番組で賑わいました。出演者のほとんどは「鉄ちゃん」と「鉄子さん」だから、その素性から盛り上がっているだけで、番組収録のための意識的な努力があるようには見えません。豪華列車で豪華グルメを味わう場面のあったNHKの番組はJRと組んだただの宣伝で、公共放送のすることではないと考えます。
JR各社では赤字の続く既存の在来線の廃線問題が深刻化する一方で、超豪華列車へのシフトを進めています。鉄道開業150周年を迎えた今だからこそ、議論すべきことが山のようにあったのではないでしょうか。デンマークでは、モビリティの手段として自転車が重視されてきたため、電車やバスには自転車ごと乗れるようになっているそうです。これまで自動車産業に配慮して、路線バスと鉄道を隅に追いやってきた問題の中核を見直すことが必要不可欠です。SDGsを言うのなら、今こそ鉄道の出番です。