宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。
- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
障がい者虐待防止法の施行から丸10年
東京都渋谷区はこの3月に『渋谷区版障がい者虐待対応マニュアル』を完成させました。このマニュアルの作成を通して、関係者の皆さんには様々なご苦労もあったでしょうが、虐待防止に係わる学び直しも多かったと伺っています。本当にお疲れさまでした。
完成したマニュアルは、区の職員、基幹相談支援センター、地域の障害者虐待対応協力者が共有して活用できるよう電子ファイルで配布され、この間に新たに開催された2回の虐待防止に係わる研修会には、私も講師として参加しました。
1回目は、渋谷区と障がい者基幹相談支援センターの職員を対象とし、もう1回は、障害者虐待対応協力者(障害者指定支援施設・事業所の職員等)を中心とする研修でした。
虐待事案は、日常的な支援ケースより絶対数が少ないため、支援者それぞれの経験値を高めることによって、虐待防止の取り組みの進展を期待することは難しい。コアメンバーである自治体職員の人事異動によって、虐待対応の不安定が生じやすい問題もあります。
そこで、通報を起点とする虐待対応の具体的なプロセスについて、コアメンバー会議のメンバーと地域の支援者が普段から実務マニュアルを共有しておくことには、はかりしれない意義があります。
また、地域の支援者が虐待防止の取り組みを意識的に学び直す作業は、自身の支援現場の虐待防止への点検視点を向上させることによって、施設従事者等による虐待の防止につながることも期待できます。
さらに、このマニュアルの共有は、地域の支援者がコアメンバーと共に虐待防止に向けた事例検討を進めることにも展望を開きます。
事例検討にもとづく検証活動は重症化した虐待事案にとどまらず、多様な虐待ケースについて、地域で事例検討の営みを共有することが大切です。このような協働作業は、虐待の事前的な防止に資する、日常的な支援のあり方を地域の共通認識にするからです。それは、通報にもとづく事後的対応スキームだけではなし得ない、虐待防止の取り組みになります。
障害者虐待防止法の施行からこの10月でちょうど丸10年が経ちました。自治体によっては、虐待防止の取り組みに本腰を入れてきたところがある一方で、形を整えているだけのようなところがあるのも事実です。
都道府県別の虐待対応件数に分け入ってみると、大きな地域間格差のあることが分かります。
都道府県別虐待対応件数の公表されている養護者による虐待の、令和2(2020)年度における実態をみてみましょう。全国・都道府県名後の( )内は同年の人口(国勢調査による10月1日現在の人口)、①は虐待対応件数、②は人口10万人当たりの虐待対応件数(小数点第3位を四捨五入)、③は②の全国の値を100とした場合の指数、③の( )内は令和2年度と同様の計算式による平成26(2014)年度の指数です。
(なお、2012年10月に障害者虐待防止法が施行されていますが、2011年の東日本大震災による影響を考慮し、比較の起点を2014年度に設定しました)
・全 国 (126,226,568) ① 1,768件 ② 1.40 ③ 100(100)
・北海道 ( 5,228,885) ① 47 ② 0.90 ③ 64(100)
・青森県 ( 1,238,730) ① 14 ② 1.13 ③ 81( 31)
・岩手県 ( 1,211,206) ① 10 ② 0.83 ③ 59( 69)
・宮城県 ( 2,303,487) ① 66 ② 2.87 ③ 205( 92)
・秋田県 ( 960,113) ① 3 ② 0.31 ③ 22( 92)
・山形県 ( 1,068,696) ① 10 ② 0.94 ③ 67( 92)
・福島県 ( 1,834,198) ① 42 ② 2.29 ③ 164(100)
・茨城県 ( 2,868,554) ① 22 ② 0.77 ③ 55( 85)
・栃木県 ( 1,934,016) ① 20 ② 1.03 ③ 74( 23)
・群馬県 ( 1,940,333) ① 14 ② 0.72 ③ 51( 69)
・埼玉県 ( 7,346,836) ① 88 ② 1.20 ③ 86( 85)
・千葉県 ( 6,287,034) ① 105 ② 1.67 ③ 119( 85)
・東京都 (14 ,064, 696) ① 119 ② 0.85 ③ 61( 62)
・神奈川県( 9,240,411) ① 80 ② 0.87 ③ 62( 85)
・新潟県 ( 2,202,358) ① 52 ② 2.36 ③ 169(123)
・富山県 ( 1,035,612) ① 19 ② 1.83 ③ 131( 54)
・石川県 ( 1,133,294) ① 33 ② 2.91 ③ 208(123)
・福井県 ( 767,433) ① 7 ② 0.91 ③ 65( 62)
・山梨県 ( 810,427) ① 12 ② 1.48 ③ 106( 62)
・長野県 ( 2,049,683) ① 35 ② 1.71 ③ 122(131)
・岐阜県 ( 1,979,781) ① 10 ② 0.51 ③ 36( 46)
・静岡県 ( 3,635,220) ① 33 ② 0.91 ③ 65(100)
・愛知県 ( 7,546,192) ① 147 ② 1.95 ③ 139(108)
・三重県 ( 1,771,440) ① 25 ② 1.41 ③ 101(146)
・滋賀県 ( 1,414,248) ① 67 ② 4.74 ③ 339(308)
・京都府 ( 2,579,921) ① 72 ② 2.79 ③ 199(115)
・大阪府 ( 8,842,523) ① 194 ② 2.19 ③ 156(238)
・兵庫県 ( 5,469,184) ① 101 ② 1.85 ③ 132( 62)
・奈良県 ( 1,325,437) ① 16 ② 1.21 ③ 86( 69)
・和歌山県( 923,033) ① 15 ② 1.63 ③ 116(100)
・鳥取県 ( 553,847) ① 8 ② 1.44 ③ 103(215)
・島根県 ( 671,602) ① 10 ② 1.49 ③ 106(223)
・岡山県 ( 1,889,607) ① 47 ② 2.49 ③ 178(115)
・広島県 ( 2,801,388) ① 31 ② 1.11 ③ 79( 69)
・山口県 ( 1,342,987) ① 9 ② 0.67 ③ 48( 85)
・徳島県 ( 719,704) ① 7 ② 0.97 ③ 69( 77)
・香川県 ( 951,049) ① 8 ② 0.84 ③ 60(108)
・愛媛県 ( 1,335,694) ① 9 ② 0.67 ③ 48(215)
・高知県 ( 692,065) ① 5 ② 0.72 ③ 51( 85)
・福岡県 ( 5,138,891) ① 31 ② 0.60 ③ 43( 69)
・佐賀県 ( 821,013) ① 12 ② 1.46 ③ 104( 38)
・長崎県 ( 1,313,103) ① 28 ② 2.13 ③ 152(131)
・熊本県 ( 1,739,211) ① 12 ② 0.69 ③ 49( 77)
・大分県 ( 1,124,597) ① 5 ② 0.44 ③ 31( 62)
・宮崎県 ( 1,070,213) ① 8 ② 0.75 ③ 54(123)
・鹿児島県( 1,589,206) ① 22 ② 1.38 ③ 99( 85)
・沖縄県 ( 1,468,410) ① 38 ② 2.59 ③ 185(208)
指数でみると、平成26(2014)年度の最小値は栃木県の23、最大値は滋賀県の308で、13.4倍の違いがあります。令和2(2020)年度は、最小値が秋田県の22、最大値が滋賀県の339で、15.4倍の開きがあります。
これだけの相違が虐待の発生件数そのものに由来すると考えることはとてもできません。自治体の虐待対応の取り組みと地域の虐待防止に係わる認識のあり方が、実際に発生した虐待ケースをどれほど捕捉できているのかの違いとなって表れたものとみるのが妥当だと考えます。
比較した二つの年度で最大値を示す滋賀県は、子ども虐待や高齢者虐待の同様の比較においても高い指数が出てきます。虐待防止の地域システムが効果的に機能している事実を反映しているのではないでしょうか。その一方では、上の数値からは、虐待防止の取り組みの低調さが一貫していると言わざるを得ない自治体もあります。
目安的な比較に過ぎませんが、都道府県の指数にみる格差は、2014年度(13.4倍)よりも2020年度(15.4倍)の方が大きく、自治体間の取り組み格差は大きく開いたままの状態が続いているとみることができます。人権擁護の取り組みに係わるこのような今日の自治体間格差は、地方分権の問題というより、障害者権利条約の締約国として容認すべからざる不平等です。
さらに、この10年の間に、ほとんど有名無実となっている虐待対応の仕組みがあります。分離保護のための「居室の確保」です。この点で内実のある取組をしている自治体は、厳密にいうと、ほとんどないのではありませんか。
この問題は自治体の責任ではありません。分離保護のための居室をあらかじめ確保しておくことには制度的制約が大きく、自治体の取り得る手立てが限られてしまうからです。
ショートステイやグループホームに普段から「空き」を作って居室を確保しておくことは、居室の経営主体にとってはまったく採算に合わない話ですから、現実的にあり得ない。
では、ショートステイやグループホームに「空き」があるときに分離保護の必要な虐待ケースをお願いするというのも、大きな無理がある。ショートステイやグループホームは、日常的な生活支援を実施するための社会資源だからです。
職員体制や施設設備の条件等は、分離保護に伴う被虐待者の混乱や不安に適切な対応をするためのものではありません。たとえば、分離保護のために追加的な人手が必要な場合は、すでに組まれている勤務表の職員体制を組み替える作業をしなければいけないのです。
障害者支援施設やグループホームが平時に新たな入居者を受け入れるだけでも、すでに入居されている方との人間関係の調整や新しく入る人のための環境調整があるというのに、虐待ケースで突然の緊急ケースを受け入れるための必要十分条件は、既存の社会資源には無いと言っていいのです。
ビジネスホテルを使った分離保護も実施しているようですが、多様な障害の状態像を考慮すれば、このような手立ては見守りや介護の必要度の高くないごく一部の人に限られた弥縫的対応に過ぎません。
すると、分離保護するための「居室の確保」が空洞化している深刻な問題は、虐待への積極的な対応を著しく委縮させる現実につながっていきます。
当初はコアメンバー会議で「分離保護が必要」という緊急性の判断がある、でも分離保護の受け皿がない、だからしばらくすると「分離保護することが望ましい」とトーンダウンし、分離保護の受け入れ先をダメ元で探して「やっぱりないか」となった挙句の果てに、「分離保護を断念」する。
分離保護の「代替的な手段」として、当事者支援のためにホームヘルプサービス等のサービス量を増やす方針を出しても利用料の負担増から当事者から断られることもしばしば。最終的には、「見守り支援を厚めにしておきましょう」となって、「♪はいっ、それま~で~よ、♯ふざけやがって、ふざけやがって、ふざけやがって、このやろう…♭」というような実態です。
こうして、当初に確認された「分離保護の必要」は胡散霧消することが常となります。すると、虐待通報を受けた緊急性の判断の選択肢から「分離保護」をはじめから除外して進めることになるのです。このような対応をする自治体が圧倒的なマジョリティである現実が、虐待防止法施行の10年間に広がりました。
この事態はさらに、「面会制限」という手立ての有名無実化にも直結しています。「やむを得ない措置」による分離保護をしなければ、「面会制限」の手立てを講じることはできないからです。
子ども虐待への対応で確認されてきた一時保護所の重要性を持ちですまでもなく、虐待に必要な分離保護のための社会資源の確保は、安定していなければならないはずです。障害のある人の地域での自立生活と社会参加を実現することに障害者虐待防止法の指導理念がある(障害者虐待防止法総則)とすれば、なおのことです。
「居室の確保」については、DV防止法、高齢者虐待防止法および障害者虐待防止法のすべてに係わる包括的なシェルターという形態など、成年の人権保護に資する社会資源の設置を新たな法制度によって実現するべきです。
この三法は、いずれも一時的保護のための「居室」の圧倒的な不足や欠如によって、迅速で的確な対応を阻まれ、虐待とネグレクトによる人権侵害を地域で食い止めきれない現実に直面してきたからです。この三法に国があまりにもお金をかけてこなかったつけの大きさについては、障害者虐待防止法施行10年を機に直視すべきだと考えます。
渋谷駅前の忠犬ハチ公
都内には、海外からの観光客がかなり戻ってきたようです。忠犬ハチ公像の周囲にも観光客が溢れ、記念撮影をしていました。円安は海外観光客の急増と日本の不動産投資をもたらしています。インバウンド需要に依存する経済のあり方は、日本人全体の暮らしの質の向上に対するビジョンを明確にしている訳ではありません。Covid-19禍は、本来、このような問題に係わる反省と新しいビジョンの構想を作るための、絶好のチャンスだったと考えるのは私だけなのでしょうか。