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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

教員不足

 公立学校の教員不足が深刻な事態に陥っています。この間、朝日新聞(4月23日朝刊)やNHKクローズアップ現代(4月27日)などが相次いで報道しました。

 この背景には、教員の過酷な労働実態があり、教員志望者の著しい減少を招いています。教員の労働時間の長さは、OECDの調べによると世界のワースト・ワンで週58時間です。ワースト・ツーのカザフタンは48.8時間ですから、わが国は断トツのワースト・ワンです。

 NHKの報道では、小学校の教頭が教育委員会に届け出る勤務時間の実際を改ざんし、長時間労働の教員が産業医面談につながることのないように報告している証言までありましたから、労働時間の実態はOECDの調べによる週58時間をさらに上回っていることは間違いありません。

 しかも、非正規雇用の教員の割合は、2000年以降急速に拡大しました。ある中学校の担任の1/3が非正規雇用という事例まであります。仕事の負担を学校の教員総数で平等に振り分けるわけにはいきませんから、正規雇用教員にかかる負担はとても大きくなります。

 野球部顧問をしている教員が、毎日の部活に時間を取られ、試合のために休日もなく、授業準備ができないうえに、45日間の連続勤務を強いられた挙句の果てに、入職からわずか1年で精神状態に不調をきたし、退職に追い込まれた実態をNHKは報じていました。

 2020年度の精神疾患による休職者は5,180人で、その内退職した教員は1,020人に上ります。そして、教員志望者が減少してしまって、全国の教員不足は2,558人(2021年4月時点)に達したのです。

 このしわ寄せは、もちろん子どもたちに帰結します。先生が突然退職して補充するべき教員が見つからず、2か月もの間、自習を強いられた生徒の証言が出てきました。

 内田良さん(名古屋大学教授)の調査が紹介され、長時間労働の教員ほど、授業準備に手が回らないことやいじめの発見・対応に不安の高いことが示されました。しかし、公教育の実態は、報道されている以上に荒廃しているはずです。

 教員の仕事に「お昼休み」は、基本的にありません。給食に係わる見守りや指導もあれば、個別対応の必要な児童生徒への指導や相談にお昼休みの時間を割かなければ、他に時間が取れないからです。だから、朝に出勤してから、退勤するまで働きどおし。

 子どもたちにはそれぞれの個性があり、それぞれの教育課題があり、それぞれの家庭生活に起因する支援ニーズを持っていますから、片時も絶えることのない注意を全ての子どもたちに向けていなければなりません。

 それだけでも大変な精神疲労を伴いますが、教員の予期しない子どもたちの動きやリアクションが不断に発生します。発達途上にある子どもたちの活動は常に変化するからです。

 だから、コンピューターで教員の仕事を教科指導と生活指導で割り振って、「教育の生産性」を追究することなんて絶対にできない。このような発想を持ち込んだ時点で、教育の営みは破綻します。

 指導計画を綿密に立てたとしても、予期しないことを含めた「今ここにある教育課題」に教員は真摯に向き合う宿命があるのです。つまり、面倒で「回り道を惜しまない」取り組みが教育の基本です。

 とくに、前思春期(小5辺り)以降の子どもたちの自己形成を考慮する上では、教員がそれぞれの子どもたちと「対話する」(向かい合ってじっくり話し合うこと)こととそのことができる教育条件の確保が必要不可欠です。

 朝日新聞の報道では、博士号取得などの専門的な知識・経験のある社会人を「特別免許状」の活用によって教員採用することを文科省が勧めているとあります。NHKクロ現では、学校内の環境整備や自習の見守りに地域住民の協力を得ることが、教員の長時間労働を短くすることに効果的だとする静岡県富士市の取り組みを紹介していました。

 特別免許状や地域住民の協力は、活用の仕方次第によっては有益かも知れません。学校の厳しい現実を多くの地域住民が共有することによって、学校の教育条件の改善に向けたコンセンサスの多数者形成にNHKクロ現は期待していました。

 しかし、これらの取り組みの本質は、「新しい公共」(総務省)です。公的な学校教育だけでは子どもたちに必要不可欠な教育活動を維持することができないから、地域の資源・人材の活用によって「新しい公教育」を構築しましょうという政策方針です。

 さらに、もっと重要な点は、このように縮減された公教育の周辺に表れます。

 教員の多忙と長時間労働が深刻化する背景には、矢継ぎ早に学習指導要領に盛り込まれてきたプログラミング教育、英語の教科化、更には学校教育のICT化(GIGAスクール)など、学校で扱わなければならない学習課題の多様化と豊富化の問題があります。

 このような数多くの課題に公的な学校教育が対応しきれない現実の周辺では、教育産業のビジネス・チャンスが確実に花開くのです。

 ここに「新しい公共」の「イチジクの葉」としての本質があります。公的な領域を不十分な状態にしておいて、それだけでは教育や暮らしの必要に応えきれない事態を創出し、営利セクターを利する新たなビジネス・チャンスを作っていく。公的政策や公務員の待遇の「身を切る改革」を主張する政治的方針の本質も、まさにここにあるといっていい。

 これはあらゆる領域で進展してきました。公的医療保険のカバーしない先進医療やがん治療に民間疾病保険が、自治体・社会福祉法人のカバーしきれない社会福祉事業をNPOと民間営利企業が、公教育がカバーしきれないプログラミング教育・英語教育を新たな塾産業や放課後デイサービスが、それぞれビジネス・チャンスにするのです。

 そうして、あらゆる領域の公共の世界が縮減することによって生じた亀裂や隙間から、営利の営みが「侵攻を開始して、自らの領土拡大を図る」仕組みを固めていくのです。有料老人ホーム、グループホーム、放課後デイサービスも然りです。

 営利の塾や放課後デイサービスにも「いい支援者」がいることは否定しません。問題の核心は、公共の世界の縮減または破綻を政策的に創出し、民衆の分断と格差の拡大に帰結する営利セクターを含めたシステムづくりに「新しい公共」の真の役割がある点です。

 教員不足への政策的な対応は、公教育の再構築に資する抜本的な教員の待遇改善と教育条件の拡充です。文科省が弥縫的な対応に終始しないことを注視していきたいと考えます。

ウトロ港-乗船した大型観光

 知床の海で悲惨な事故が起きました。事故を発生させた会社の社長が土下座する姿は、被害者をはじめ多くの人たちの怒りを買うだけのアナクロで、いかにも見苦しい。

 以前、斜里町ウトロで開催された障害者虐待防止研修に、私は講師として参加したことがあります。その時、知床半島の観光遊覧船にも乗りました。当日は風が強いため、私が選択した大型観光船は、乗船前の段階で半島先端までは行けないので途中で引き返すことをちゃんとアナウンスしていました。

 ただウトロ港では、観光遊覧船に係わるこの地域ならではの問題を感じたのは事実です。ウトロ港からの遊覧船は複数の会社が運航していて、それぞれがバラバラに「客引き」をしているのです。これまでさまざまな海岸の遊覧船に乗りましたが、このような体験ははじめてでいささか驚きました。まるで、大都市の風俗街の客引きのように、乗船客を奪い合う光景だったからです。このような営利競争の弊害が、今回の事故の土壌にはなかったのでしょうか。