宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。
- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
監視カメラの義務化しかないのか
神奈川県川崎市の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で2014年11~12月の間に、3人の利用者をベランダから転落させた殺人事件の控訴審判決が3月9日に東京高裁でありました。控訴審判決は、死刑の一審判決を支持し、被告側の控訴を棄却しました。
この事件は、監視カメラの映像などの犯行を裏づける直接的な証拠がなく、逮捕時に犯行を認めた取り調べの録音・録画の内容の信用性が裁判の争点でした。
3人の入居者がベランダから転落した夜のすべてで夜勤をしていたのは犯人だけであることに加えて、同僚に犯行予告をしていたことや面会に来た母親にも殺害を認めていた点を検察は指摘しており、自白の信用性については一審と控訴審ともに認定しました。
動機については、逮捕時の供述映像で犯人が「入所者が精神的に不安定で煩わしかった」と言い、東京高裁は業務のストレスやうっ憤を「入所者の言動を契機に高じさせた」(東京高裁判決)と指摘しています。
業務のストレスがあるとしても、それが高齢者を担いでベランダから転落させる殺人行為まで結びつくのには、特別の背景事情があるように思えます。ネット上では、犯人が救急救命士の資格を持っており、「代理人によるミュウヒハウゼン症候群ではないか」という声が多いようです。
つまり、他人をベランダから転落させて、真っ先に救急救命行為を行うことで周りの関心を引きつけようとした事件ではないかということです。代理人によるミュウヒハウゼン症候群の加害者には、医療や看護のトレーニングを受けている者がいるケースのあることがこれまでに指摘されてきましたから、この線の可能性も否定できないと思います。
しかし、この事件の発生を受けて川崎市が監査に入り、別の介護職員4人による虐待が確認されたほか、この有料老人ホームと同系列の複数の施設においても、虐待のあることが明らかになっています。
この有料老人ホームの実態について掘り下げた2016年の記事があります。ルポライターで、執筆の傍らデイサービス事業所の代表を務めた経験を持つ中村淳彦さんは、犯人の元同僚にインタビューしています(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/48173)。
中村さんによると、転落殺人だけでなく、さまざまな虐待が発生しているこの荒れた介護現場は、「人手不足による、介護人材の劣化」だけでは説明できないと言います。Sアミーユ川崎幸町で虐待認定された職員のインタビューから、有料老人ホームの現場が荒れて行った経緯を明らかにしていきます。
この有料老人ホーム(当時)は、定員80人で認知症利用者の割合が高く、日勤職員は8~10人、夜勤は3人(交替で休憩をとるため実質的には2名体制)です。少ない職員の手で現場を回していけるように、コンピューターで割り出した分刻みの仕事の分担表に従って、各自が黙々と仕事をこなす仕組みになっていました。
「あたたかい介護は無理」でもサービス残業などの労働基準法違反はありません。「業界に蔓延するブラック労働」はないのです。このホームを運営するメッセージ(当時)創業者の橋下俊明元会長は「介護の生産性の向上」を唱える人でした。
サービスの質の向上に資する「生産性の向上」がないとは言いませんが、市場原理をベースとする「生産性の向上」のための「合理化」や「リストラクチャー」は、まずは経営効率を上げるための「人減らし」であることが常です。
この有料老人ホームに労働基準法違反はなかったとしても、分単位で「〇〇様トイレ誘導」⇒「□□様排泄介助」⇒「△△様口腔ケア」とびっしりと刻まれた業務票に従って、職員は仕事をしていました。
つまり、親密圏としての生活の質を担保するために必要な職員と利用者の関わりが剥奪されやすい「介護の生産性」が構造的に追求されていたのです。利用者は「介護ニーズのある顧客」であり、会社は経営効率の最大化を目標にして「介護サービスを提供する」。ここで、「利用者主体の原則」は胡散霧消しています。
このような介護現場が「モンスター家族からのクレーム対応」に追われ、夜は2名体制の下で認知症のある利用者からの頻繁なナースコールや徘徊にも対応しなければならない。そこに施設長の交代があって、介護の実務経験や専門性はないけれども、口先では「お客様一人一人に合わせたケアを」と語るだけの施設長がやってきた。
業務のあり方が改善されないまま、施設長は口先だけで理想を語る。すると、逆に職員の仕事へのモチベーションは下がり、業務に追われる中でどんどん荒れた介護現場になっていったことを明らかにしています。
このような状況下で蓄積されていくストレスに対して、ストレス・マネジメントを言い出すのはお門違いもいいところです。
この事件の最初の転落死が発生した後、施設長も会社幹部も転落防止のための手立てをとらないだけでなく、現場の職員への説明や対応をまともにしなかったといいます。
東京高裁の判決は、「被害者は3人にものぼり、殺意は強固で、老人ホームの職員である立場を利用した犯行の悪質性は際立っている」と断罪し、「極刑をもって臨むことは止むを得ない」としました。
しかし、この犯人の際立った「悪質性」を引き出していった組織と介護保険システムの問題は改善されたのでしょうか。この事件の発生から7年を超える歳月が流れています。有料老人ホームを選ぶときの基準は、「死角なく監視カメラが設置されているところ」という情報がネット上で氾濫するようになりました。
結局、経営効率の最大化を優先するような市場ベースの福祉・介護現場の「悪質性」については、虐待事案の発生のたびに虐待した職員の「トカゲの尻尾切り」をするだけで、何も明らかにされず、まったく手立ては講じられてはいないのではありませんか。
おりしも3月19日の朝日新聞朝刊は、人手不足を背景に、介護人員基準の緩和が検討されていると報じました。現在の基準は「入居者3人に職員1人」ですが、ロボットの導入等によって「生産性の向上」をはかり「4人に1人」とする案が提示されていると言います。
利用者主体の原則に立脚して「介護サービスの質的向上」を政策方針にするのではなく、「生産性の向上」が錦の御旗になっています。
川崎Sアミーユ事件は、市場原理をベースに劣化した介護システムが構造的に産出した一面があるのは間違いありません。
迎賓館和室別邸游心亭
障害者差別解消法を所管する内閣府は、迎賓館も所管しています。迎賓館赤坂離宮の本館は、石造りの洋館でニュース映像にたびたび登場しますが、和風別館の游心亭はなかなかお目にかかることはありません。そこで、見学に行ってきました。
私の日常生活世界とは次元を異にする豪華さに溢れています。お金がかかっているというだけではなく、国公賓をお迎えするにふさわしい最高の気品があり、贅をつくした材料と造りが随所に見られます。一見に値します。ただ、見学には予め予約が必要ですからご注意ください。