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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

閑話休題‐悲喜劇にうんざり

 今年のゴールデンウィークは出歩かないと決めて、読書に浸る思索の間を設けてはいかがでしょうか。Covid-19やオリパラのあてにならない風聞から、この辺で一度解放されるための書物をご紹介したいと思います。いうなら、ゴールデンウィークの閑話休題。

 まずは、松原始著『カラスの話―眠れなくなるほど面白い』(日本文芸社、2020年)です。カラスの研究者である松原さんがカラスの生態を書き下ろしたこの本は、野鳥に関心があるかどうかにかかわらず、とにかく面白く、笑いどころ満載です。

 カラスは、近年人間から一方的に誤解されて、疎ましい存在に貶められてきました。しかし、本来、日本の野鳥界ではひときわ「神ってる」大スターです。道に迷った神武天皇の一行を熊野地方の山中で案内した八咫烏(やたがらす)の神話をはじめ、日本サッカー協会のマークにも使われるほどのメジャーです。

 本書の構成は、次のようです。

 第1章 はじめてのカラス学
 第2章 カラスのライフスタイル
 第3章 知っておきたいカラスの事情
 第4章 世界カラス物語
 第5章 カラスの家庭と子育て

 カラスが「料理をする」ことや「夫婦円満」である点など、人間が謙虚にカラスから学ぶことさえあると思ってしまいます。とくに、「頭のいい」カラスの能力のあり方の解説は、これまでの単線的な能力観の刷新が改めて問われる内容でした。

 従来は、定型発達の人間の能力を基準にして、能力の良し悪しを評価する研究が人間だけでなく、動物に対してもまかり通っていました。ある大物の社会科学者が、チンパンジーと犬を単線的な能力観で評価して、いかに犬が下等な生き物であるのかをとうとうと話している講演に出くわしたことがあります。もはや時代錯誤です。

 この数十年の動物の能力に関する研究は、人間における非定型発達のあり方が明らかにされてきたのと同様に、さまざまな動物の能力の多様なあり方を示す内容となっています。

 たとえば、論理的能力においてはチンパンジーよりもはるかに劣る犬は、飼い主の指示する「第三項」を共有する能力を持ちますが、チンパンジーは「第三項」を人間と共有する能力は持っていません。だから、牧羊犬や警察犬のような使役犬として、犬は人間のパートナーになることができたのです。

 カラスの頭の良さは、本書によると、「蝶結びをほどいて箱を開ける方法を考える」「今、目の前の餌を我慢すれば後でもっともらえることを理解して、『待て』ができる」「7くらいまでは数を数えることができる」「散弾銃の射程を覚えており、猟師が接近する前に射程外へと逃げる」(以上、31頁)ほか、人の顔や車種を識別する能力さえ持っています(74-75頁)。

 しかし、このカラスは鏡像を認識することができません。鏡像を認識できる動物は、ヒト、チンパンジーの他、カササギ、ハト、イカ、ホンソメワケベラ(魚類)だけだそうです。カラスのような「頭の良さ」があるとは考えられないハトやイカが、なぜか鏡像を認識するのです。

 ポピュリズムの権化と評価される政治家が、ゴルフのプレー中、カラスにボールを持っていかれたことに腹を立てて、カラス退治にやっきになった愚策がありました。本書はこのような愚かさを笑い飛ばし、カラスの生態に関する正しい理解に立って人間とカラスの共存を考えることのできる労作です。

 次にお薦めするのは、望月衣塑子・佐高信著『なぜ日本のジャーナリズムは崩壊したのか』(講談社+α新書、2020年)です。

 Covid-19禍が続いています。わが国の「SDGsアクションプラン2021」の重点事項の「Ⅰ.感染症対策と次なる危機への備え」では、国内で「PCR検査・抗原検査等の戦略的・計画的な体制構築や保健所の機能強化など、国民の命を守るための体制確保を進める」とあるのです。

 ところが、今や感染は拡大し、死者は増え続けています。アジアの中でも日本は死亡率が高く、経済のダメージもワースト・ワンだと指摘(https://diamond.jp/articles/-/258353)されています。ここで、このような深刻な事態を掘り下げる報道に接することは稀です。

 緊急事態宣言とまん延防止措置を表に出したり引っ込めたり。この過程でマスコミがまき散らす政治家の台詞は、「緊張感をもってまん延防止措置の効果を見極める」(状況を見ているだけ)、「感染拡大を抑え込む決意」(決意はウイルス感染に効果なし)、「国民に届くメッセージを」(メッセージの段階は終わっています)等、もはや聞くに堪えません。

 政治家や「専門家」のメッセージにあるキーワードでは、「エッセンシャルワーカー」や「まん防」のような民衆に理解できない言葉を平気で使う。つまり、課題認識の共有を国民とともに作り上げる意識がそもそも希薄なのです。

 この一年余り、感染防止と経済の「バランスをとる」と称するこれまでの政策はおしなべて幻想でした。それでも、緊急事態宣言が迫ってくると、飲食店に「取材」をしては「お酒を出せないとやっていけない」という声を拾って、映像を垂れ流す。これでは、まるで悲喜劇の芝居興行をテレビニュースがしているかのようです。

 ラーメン店のグルメ取材でもそうですが、Covid-19禍に係わるマスコミの取材に応じてくれる飲食店は一部です。だから、NHKも民放も取材先は取材に応じてくれるいつもと同じ店を使いまわすことになります。でも、同じお店を取材し続けるからと言って、Covid-19禍の実情を掘り下げることはありません。

 感染力の強くなった変異株ウイルスの感染拡大に対して、「緊張感」「決意」「メッセージ」などは無用の言葉です。ウイルスの特性にふさわしい感染防止のための課題認識や見通しを国民全体が共有するためには、詳細な客観情報と感染症学にもとづく感染防止対策の科学的合理性を丁寧に説明すること以外にありません。

 飲食店にとどまらず、さまざまな業種・業態に深刻な影響が出ている上に、猫の目のような感染防止対策に「振り回され続けてきた」現状は、すでに人災といっていい。科学的合理性のある感染防止の徹底と補償金や給付金のあり方を分け入って掘り下げる報道が、すべての国民にとって必要不可欠です。

 しかし、この当たり前の課題意識が今のマスコミにはたしてあるのでしょうか。このような多くの民衆に貯まりにたまった「真実を知ることのできない」憤懣の原因を解き明かしてくれるところに本書の真骨頂があります。

 背表紙から内容を紹介すると、〈命の選別、国民蔑視〉〈説明責任の放棄〉〈人間を休業するという残酷さ〉〈ヘイト国家の先にある闇〉〈文化は権力と対峙して磨かれる〉〈内部告発の重要性と難しさ〉〈記者が権力の番犬に〉…等となっています。

 最後にご紹介したい本は、「震災から10年」を無内容に吹聴する傾きを払拭するための2冊です。一つは、前回のブログでご紹介した『お空から、ちゃんと見ててね。―作文集・東日本大震災遺児たちの10年』(あしなが育英会編、朝日新聞出版、2021年)です。もう一冊は、垣谷美雨著『女たちの避難所』(新潮文庫、2017年)。東日本大震災の津波被害のあった地域を舞台に、避難所でいかに「男尊女卑が蔓延り」、「授乳もままならなかった」のか、「憤りで読む手が止まらぬ震災小説」(文庫本の背表紙より引用)です。

 避難所や仮設住宅では、子育ての渦中にあるお母さん方が著しい困難に直面し、女性に性被害事案が発生した事実のあることは紛れもない事実です。「普通のおばさん」を自認する小説のヒロインたちの「居場所のなさ」に抗して生きる姿が描かれています。

 避難所に出現する男女差別は、日常生活世界にある男女差別の岩盤が震災によって露わになっただけのものです。自然災害時の問題からSDGsの重要課題の一つであるジェンダー平等について考える示唆に溢れる小説です。

4月24日夕方の新宿

 さて、東京が緊急事態宣言に入る前日の新宿です。一言で言うと、街中は人だらけ。飲み屋は、人でぎっしり。この状況を踏まえ、感染拡大を防止するためには「緊張感を持って決意」するという「メッセージ」が流れているのです。まさに悲喜劇です。