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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

Covid-19の2020

 年の瀬に高松市で開催された香川県障害者虐待防止研修に講師として参加しました。座席のソーシャル・ディスタンスを配慮した大きな会場は、満員の参加者となりました。

香川県障害者虐待防止研修

 東京2020に終わった今年は、Covid-19の2020といっていいでしょう。福祉・介護の支援現場は感染防止対策に追われただけでなく、休業・廃業に追い込まれた事業所も目立ちます。まことに厳しい一年でした。

 Covid-19への対応を機に、これまで潜在化していたさまざまな問題が一挙に明るみに出たのも今年の特徴です。虐待防止に係る問題に絞って少し考えてみましょう。

 養護者による虐待への対応の中で、8050問題(80歳代の親と50歳代の子からなる核家族の生活困難)が、4010~5020~6030~7040~8050~9060と連綿とつながる帯状の家族問題の中に位置づくことを改めて浮き彫りにしました。4010~9060の間には、もちろん問題の連続と不連続があります。

 4010における不適切な養育・虐待・不登校の顕在化は、一群の子どもたちにとって、本来は成長・発達の根拠地である家族と学校がもはや居場所になっていないことを私たちに突きつけています。

 それぞれの核家族が独立した自己完結系のシステムとなりがちですから、「ほどよい家族」に家族を不断に組み替えていくための契機や手立てを喪失しています。

 9人もの被害者の出た座間殺人事件では、犯人がTwitterに書き込んだ「一緒に死のう」という呼びかけに「自殺願望を持つ」女性の若者が応えています。自殺願望を抱くほどの苦悩がありながら、家族や学校は悩みを打ち明けるスフェアとはなっていません。

 「顔見知りの関係」から慈しみ合いと支え合いに向けた「関心を持ち合う関係」への深化を期待される〈親‐子〉や〈教師‐児童生徒〉の関係性は、本来の役割を果たしていません。顔も素性も分からない相手からのサイバー空間での呼びかけの方に「親密さ」を感じて引き寄せられるところに、今日の親密圏の幻想と崩壊が端的に示されています。

 子ども・若者の生き辛さと自立困難が拡大し、Covid-19による稼働収入の減少が交錯すると、「病んだ家計の原理」がすぐさま登場します。障害のある子どもの障害基礎年金から親・きょうだいが減少した収入を勝手に補填する、仕事をしていない成年の子どもが親の貯えと老齢年金をあてにし続ける。民法877条の扶養義務が経済的虐待を土台に成立している事例は枚挙に暇がありません。

 今年の福祉・介護の支援現場は、感染防止の取り組みをめぐって法人・施設・事業所の組織的体質が問われました。

 福祉の支援現場は、マスクをすることの理解が持てない利用者もいますし、食事・入浴・排泄の3大介助を中心に濃厚接触を避けることはとても困難です。それだけに、感染予防の取り組み、感染者とクラスターの発生時の対処方法等に係る方針の共通認識と組織的対処の質が支援現場に問われました。

 起こりうる様々な事態を想定した上で、感染者の発生時には職員が一致して粛々と見事な対応をしたところもありました。しかし、場当たり的な対応をしていることを糊塗するように「障害者支援施設がCovid-19に立ち向かって“頑張っている”美談に仕立て」上げて吹聴する施設もありました。

 この背後には、職員配置と職員の待遇条件の劣悪さのあることも社会的な共通認識になりました。福祉・介護の職員の賃金水準が未だに全産業平均を下回る水準に抑圧されながら、一人夜勤の下でも感染防止を徹底しなさいと言われても、お釈迦様か空海じゃあるまいし、誰もできっこありません。

 とくに、このような構造的問題を知りながら「自分だけがいい思いをして(夜勤をせずに高額な賃金をもらって)」いるにも拘らず、社会と政府に声を上げようとしない社会福祉法人、施設・事業所および業界団体の幹部がこの世界に巣食っていることが大問題です。

 愛知県東浦町の障害者支援施設「なないろの家」(社会福祉法人愛光園)では「内臓に穿孔が開く」虐待事案が発生し、空手の心得のある非常勤職員が傷害罪で起訴されました(https://www.asahi.com/articles/DA3S14743575.html)。

 ここでは、内臓に穿孔が開いて救急搬送されるような事案が7回も発生し、搬送先の医療機関が虐待通報をしながら、この法人の副理事長は「(内臓のケガは)内科的な要因でもなりうる」と言い張り、自治体も「内臓の穿孔」については虐待の事実確認ができないと言うのです。

 この施設の他の職員は、この虐待事案の虐待者の不自然で不適切な関与を日常的に知り得る立場にあるはずです。この施設・法人の幹部職員には、内臓の穿孔が開く事案が7回も連続的に発生している事実を正視して虐待を積極的に疑い、然るべき調査をいち早く行うことに社会的職責があります。

 ところが、虐待の発生する法人や施設の多くは、言語的な意思表示の難しい知的障害の特性と閉鎖的な法人・施設の組織的体質を隠れ蓑にして、「虐待の事実が確認できない」と言う。不適切な支援を日常的に放置しながら虐待を発生させている一方で、対外的には口先だけで「共に生きる社会をめざします」と吹聴する。

 虐待の根絶を目指して、家族・施設・地域社会におけるダイバーシティとソーシャル・インクルージョンを実現するには、口先だけで「共に生きる」ことを吹聴する社会福祉法人・施設がはびこってしまう制度的問題に抜本的なメスを入れるほかありません。

 少なくとも、それぞれの社会福祉法人や施設が一部の幹部職員の支配する「独立王国」になってしまうような〈閉鎖的自己完結性=密室性〉を独り歩きさせない行政と第三者機関による抜き打ち点検体制の法的整備と同族経営・天下りの禁止は、絶対に必要不可欠です。研修の実施だけで事態が改善すると考えるのは、もはやネグレクトです。

オリーブ・はまち

 さて、羽田と高松を往復する出張は、はからずもGOTOトラベルの実態の一端を知る機会になりました。ビジネス客を除く観光客風情のトラベラーは、8割以上が若者です。高松空港から私が宿泊するホテルまで一緒になった5人の若者グループに声をかけました。

 東京からやってきた大学4年生で「GOTOトラベルを活かした早い目の卒業旅行」だそうです。「今日の夕方にある授業の単位を取らないと卒業できないので、これからホテルの居室でオンライン授業を受けないと」、「でもその分は明日に、高速バスで高知に出て“ひろめ市場”ではしゃいで取り戻します」と言っていました。

 ひょっとすると、私はこんな学生にもオンライン授業をしてきたかもしれないと思うとこめかみに熱いものが走ります。

 朝の時間帯はコンビニに朝食を買い求めるこのような若者があふれ、讃岐うどん店も観光客風情の「懐寒い系若者」が目立ちます。その一方で、讃岐牛や瀬戸内海の魚介を提供するような単価の上がるお店の人に話を聞くと、「期待していた観光客はあまり来ない」と嘆いていました。

 本来の需要を喚起するのでなく、一時しのぎのカンフル剤のような「経済策」である「GOTO」の実態は、私の知り得た範囲に限られはしますが、「懐寒い系学生の旅行支援策」であり、オンライン授業はその後方支援をしているのです。このような中で、口先だけで外出自粛を呼びかける無責任な施策と感染拡大には歯止めがかからず、医療従事者だけが疲弊していく。

 来年は、Covid-19の2020年に明らかとなった様々な問題をみんなで一歩一歩乗りこえていく年にしたいと願っています。みなさん、どうかよいお年を!