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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

障害者雇用の厳しさを機に問われること

 10月18日の東京新聞は、Covid-19の感染拡大の影響によって今年の3~8月の半年間に解雇された障害のある人は1,475人で、前年同期に比べ34.9%の大幅な増加であることを伝えました(https://www.tokyo-np.co.jp/article/62552)。

 先週土曜日のNHKニュースにおいても、Covid-19の影響から企業を解雇された障害者は、今年の4~9月の半年間でおよそ1,200人に上り、去年の同じ時期と比べておよそ40%増えたことが厚生労働省のまとめで分かったと報じました。

 とくに、知的障害のある人の解雇は432人と去年よりおよそ80%増加している点が目立ちます。精神障害のある人は315人(去年比+29%)、身体障害のある人は466人(去年比+20%)という解雇の状況です。

 先の東京新聞の報道は、テレワークの普及拡大によってオフィスにおける配送物の仕分け・清掃・機密書類のシュレッダー処理が減り、従業員向けの食堂・カフェや視覚障害者による社内マッサージルームも休業や廃止になり、障害者の仕事が減少している問題を指摘しています。

 障害者雇用ドットコム障害者雇用アドバイザーの松井優子さんによると、障害者雇用をめぐる多様な問題の発生があるようです。障害のある人の新規採用を見合わせている企業が多いこと、緊急事態宣言下で出勤できない障害者(特に知的障害や精神障害)が出来したこと、職場のリモートワークができる・できないの状況によって仕事体制に格差が表面化したことを指摘しています(https://www.hrpro.co.jp/series_detail.php?t_no=2177)。

 正社員はリモートワークの体制で対応する一方で、短時間労働の非正規雇用障害者は出勤停止や休業に追い込まれた挙句の果てに、解雇された事例も報告されています。雇い止め、休業補償のつかない現実、テレワークから残業代がなくなって収入が減少したなど、障害のある人がCovid-19下で直面する失業と貧困の困難に対応する社会的施策が速やかに求められます。

 しかし、今回のCovid-19による仕事のあり方の変容は一時的な現象ではなく、テレワークの拡大やデジタル化の徹底によって、恒常的な仕事のあり方に根本的な見直しを迫る事態になっている点を看過することはできません。

 平たく言うと、紙ベースの仕事は激減しますから、配送物の仕分けや書類のシュレッダー処理のような仕事がCovid-19後に復活する可能性はほとんどないのです。障害のある人のために「周辺部分の仕事を切り出す」発想の抜本的転換が求められていると言っていいでしょう。

 実際、先の東京新聞の報道は、知的障害のある人が従来担当してきた配送物の仕分け仕事がCovid-19の影響で激減したため、自社のホームページ作成などのIT関連の仕事を任せるという新しい動きが出てきていると伝えています。

 松井優子さんは、ICTやAIの技術の急速な発展と職場や生活への普及浸透が進む中では、これまで障害のある人の仕事とされてきたようなバックオフィス業務はAIにとってかわられるため、「プロフィットに近い業務」(利益に結びつく主要な業務)を考えなければならないと言います。

 これらの指摘は、「障害のある人に仕事を合わせる」切り出し方が、現代求められている主要な仕事内容に関連づけられてこなかった問題点を指摘しているのではないでしょうか。

 実際、ICT技術を活用した成長・発達への支援は著しく発展してきています。埼玉大学附属特別支援学校の取り組みでは、中学部になれば発達年齢3歳を下限として、タブレット端末をほぼもれなく使用することができるようになっています。

 たとえば、知的障害とASDを併せもつ言語表出の難しい生徒が、中学部からタブレット端末を使うトレーニングをしていくと、高等部の段階でタブレット端末を用いながら授業の司会役をするところまでに達する事例が報告されています。

 周辺的で補佐的な仕事を素材にして「障害のある人に仕事を合わせる」のではなく、主要な業務の中で新しい仕事の分担を求めていくことを起点に「仕事を切り出す」ことが十分可能な時代に入っていると考えるべきでしょう。

 就労継続支援でも、「障害のある人が地域生活できる収入につながる仕事であること」を起点に据えて、宮城県のはらから福祉会の「豆腐作り」を柱とした取り組みは工賃収入の点でも着実な成果を上げています(http://www.harakara.jp/)。「マツコの知らない世界」でもここの豆腐は取り上げられました。

 「就労継続支援」の看板の下で、たいして売れもしないクッキーやパウンドケーキを作り続けているところは、現代における障害のある人の働く権利の実現を本気で追求しているとはとても言えません。

 障害者の働く取り組みについて、「障害者に仕事を合わせる」という方法論に収斂しがちだったこれまでの発想の弱点を、障害者の雇用や労働で実現すべき目的から構築し直すことが求められているのです。

 継続的で安定した雇用を見込むことのできる「主要な業務の仕事」を分担できるような仕事の開発や、地域の消費ニーズに応えながら障害のある人のゆたかな地域生活を実現できる金額の工賃収入(障害基礎年金と合わせて)である就労継続支援であるのかどうかが、Covid-19の問題を機に根本的に問われています。

 ディーセント・ワークへの障害のある人の今日的な権利の実現を展望することが重要です。ICTやAIの著しい発展による仕事のあり方の変容に目を向けることによって、新たな障害者の働く取り組みの地平が拓かれる可能性は著しく高くなっています。

 ここに目を留めることなく、景気が悪くなれば解雇や雇い止めの「調節弁」に使うための周辺的業務に障害者を位置づける企業や、地域生活における幸福追求につながらない「就労継続支援」の取り組みは、障害者の権利条約の締約国であるわが国においては退場させられるべきでしょう。

 なお、障害者雇用の統計数値は、障害者虐待における使用者による虐待の統計を含め、男女別の数値を明らかにしていません。障害者権利条約第6条(障害のある女子)とILO『ディーセント・ワークへの障害者の権利』(1.30障害のある女性)は、障害のある女性の権利侵害の克服のための特別な取り組みを政府と社会に求めていますから、障害のある人の労働関連統計のすべてにおいて男女別の状況を明らかにする責任がわが国政府にあるのではないでしょうか。

埼玉大学キャンパスの紅葉

 今年は、紅葉が例年になく美しい。季節の移ろいを感じさせてくれます。