宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。
- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
香川県障害者虐待防止研修に参加して
今年の10月、障害者虐待防止法の施行から7年が経ちました。虐待防止の取り組みは果たして進んでいると言えるのでしょうか。今回の香川県虐待防止研修では、この7年間の教訓を私なりにまとめた内容を参加者と共に考える機会としました。
不適切な支援が日常的に見過ごされたまま、虐待が通報されて明るみに出る「通報依存型の取り組み」は、すでに時代錯誤の取り組みです。真の虐待防止の取り組みとは、虐待の発生そのものが減少していくためのものでなければならないからです。
そのためには、施設職員や親ではない第三者が、障害のある人の権利擁護と幸福追求を実現する見地から、日常の生活と支援のあり方を点検するシステムが必要不可欠です。
次に、支援者の支援と障害特性に係る専門性を飛躍的に高める必要があります。グループホーム世話人は「普通のおばさん」には絶対務まりません。
ところが、ある公的機関の公開する虐待防止事例集をみると、分析と考察に不十分さの間違いのある記述がぞろぞろ出てくるのです。これを書いた人物と組織には虐待防止の専門性が乏しくて自己点検できないまま、公開してしまったのでしょう。
この事例集は、「反面教師」に打ってつけですから、今回の研修に使わせてもらいました。その一部を紹介すると次のようです。
統合失調症の寛解状態にある就労移行支援の利用者Aさんの事例です。「易疲労性」があるにも拘らず、「多少のことで休むようでは、一般就労は難しい」ことを口実に仕事を休むことを施設長は認めようとしません。
実際は、この事業所が受託している清掃業務の期限を守ろうとして、この利用者の休みを認めず、大声で勤務を命じ続けるのです。「心理的虐待」の事例です。
この事例集に提示された今後に向けた教訓は、就労移行支援サービスの利用者は、事業所との雇用契約がないために、支援者には「指揮監督権」がないとあります。形式要件からの最低限度の指摘に過ぎず、私は目が点になりました。
この事業所では、就労移行支援と就労継続支援AまたはBの利用者が混在しており、(1)サービスの種類が異なる利用者それぞれの個別支援計画をふまえた支援を実施していない、(2)就労継続支援事業のための受託事業が途切れないことを優先させることによって、「戦力」として期待してきた就労移行支援のAさんを「引きずり込む」ように働かせています。
事業所のこのような構造的問題に対してこそ、虐待の発生関連要因を指摘しなければなりません。「就労移行支援」の利用者を「いずれは就労継続支援にすればいい」と高をくくって、就労継続支援と区別することのない取り組みをしている事業者が山のようにある問題を等閑に付しています。
さらに、「易疲労性」に配慮しようとしない支援には致命的な問題のあることに留意できていません。統合失調症の特性から、陰性症状や認知機能障害から「疲れやすさ」が現れやすいことは良く知られた事実です。支援者としては「常識」の範囲内のものです。
それに対して、施設長が「多少のことで休むようでは一般就労は難しい」というのは、この施設長がただの素人で「支援者としての専門性」をほとんど全く持っていないことの証左です。このような素人が施設長に居すわっていても、現行制度では「障害者指定支援事業所」としての形式要件を満たしてしまうことへの問題指摘も必要不可欠です。
その他の事例でも、とんでもない考察が記述されていました。大きな社会福祉法人の事業の一つであるグループホームにASDの障害特性を全く知らない若い新人が配置され、耳を引っ張って3針縫う裂傷を負わせる身体的虐待と心理的虐待の事案です。
この事例集に提示される教訓は、ストレスマネジメントとアンガーコントロールの研修の実施です。この事例を埼玉大学の大学院で検討すると、「福祉ってこんなひどいことやっているのですか」と院生全員が失笑です。
失笑する理由は、虐待の主たる要因は、若い支援者がASDの障害特性を知らないことと障害特性を踏まえた専門的支援の研修を実施しない法人の組織的問題にあることは明白です。ところが、この事例集の取り組みは、支援者個人の「ストレス」と「アンガー」に焦点づけて終わるのです。
ASDにかかわる障害特性と支援に関する研修を実施することの必要性に、とくにこの社会福祉法人にはASDに係る組織的で専門的な研修をOJTや座学研修で実施することのできない組織的問題がある点も見過ごされたままです。
これでは、「通報に依存したスキーム」を克服して「真の虐待防止=虐待そのものの発生をなくしていく取り組み」に接近できないのは当たり前です。
先日、障害者支援施設業界の幹部が、「障害者支援施設で虐待の発生が統計上最も多くでてくるのは、障害者支援施設の虐待防止の取り組みが進んでいるからだ」と大ぼらを吹きました。
この人は、「取り組みが進んでいる」ことを示すエビデンスを提示すべきです。虐待防止の取り組みは、緒に就いたばかりだと断言します。
さて、香川県といえば「うどん県」。今回の香川行では、かねてから抱いていた「ある讃岐うどんの謎」を解くため、法然寺境内にある「竜雲うどん」のお店に足を運びました。
小学生の時に高松を訪ねて以来、何回も香川県内の讃岐うどんを食べた経験があります。しかし、以前に食べた讃岐うどんは、現在流行している讃岐うどんほどコシが強くなく、むしろ「もちっ」とした食感が勝っていたように記憶しているのです。
今や、讃岐うどんの主要な原材料である小麦粉のほとんどはASW(オーストラリアン・スタンダード・ホワイト)という輸入物。讃岐うどんに最適化した品種として開発された「さぬきの夢2000」(現在はさらに「さぬきの夢2009」に進化)は、価格の折り合いがつかず、うどん屋の多くが使用しませんでした。
現在でも、「さぬきの夢2009」のみでうどんを打つところは数店だけです。「讃岐の夢2000」の品種開発には国の補助金も使われたため、当初、この小麦粉が讃岐うどんに使われていない実態に対して、総務省行政評価局は補助金が有効に使われていないと香川県に問題を指摘しています。
このような中、私の知る範囲で「昔ながらの讃岐うどん」の食感を今日も味わえるうどんは社会福祉法人竜雲学園の働く取り組みで作り続けている「竜雲うどん」です。何年か前に、香川県知的障害者福祉協会の虐待防止研修の際にお土産として戴いたことが縁で、「つるっ、もちっ」の竜雲うどんの虜になりました。
では、竜雲うどんはどうして「昔ながらの讃岐うどん」を伝承し続けてきたのか? 高松藩の藩主の菩提寺である法然寺の歴史よろしく、「讃岐うどんの伝統」を頑なに守り抜こうと努力してきたのか?
あるいはまた、「うどんのコシ」を求める消費者ニーズの高まりとそれに応じた新たな小麦品種の開発と小麦粉のブレンドの変化に動じることなく、昔ながらの製法に佇んできたのか?
高松空港から法然寺まで車ですっ飛んで行ったのですが、残念ながら、雲竜うどんの営業時間には間に合いません。後片付けで拭き掃除をしている店員さん(就労継続支援Aの従業員)が温かくにっこり笑って、「今日は終わっちゃったんですよ。また食べに来てください」と声をかけてくださいました。従業員の表情は、みなさん実に柔らかいですね。
そこで、店長さん(施設長)の松岡翔太さんにお話を伺いました。すると、障害者支援事業者の取り組みとしては、新たな原材料とブレンドからそれぞれのうどんの味を編み出そうとするこの間の「流行り」に振り回されるのではなく、長い息で作り続けることを大切にしてきたとのことでした。
ただ、この20年ほどの間の「讃岐うどんブーム」も去って、売り上げは低減傾向にあることを心配しておられました。ここの「竜雲うどん」の美味しさは格別です。「竜雲半生うどん」は、ここからお取り寄せもできますから、皆さんぜひ「本物の讃岐うどん」をご賞味ください。おすすめです!!