宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。
- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
私たちに何ができるのか
7月3日、八王子駅前の路上で、白杖をついて点字ブロックの上を歩いていた全盲の男性が、通行人と正面からぶつかり、蹴られるという事件がありました。
目撃者の情報によると、20~30歳代の男性サラリーマンが歩きスマホをしていてぶつかったようです。この男は、「目が見えないのに一人で歩くな」と叫んで、全盲の男性を蹴ったと言います。
2014年9月にも、川越駅構内で同様の事件がありました。埼玉県立特別支援学校塙保己一(はなわ ほきいち)学園に通学する全盲の女子生徒が、白杖をついてホームの点字ブロック上を歩いていたところ、前からきた人物が白杖につまずいて転倒し、腹いせに女子生徒のひざ裏を強く蹴り、無言で立ち去ったという事件です。
同年の7月には、全盲の男性が連れて歩いていた盲導犬が、突然何者かに腰あたりを刃物で刺されてケガをするという事件が発生しています。
盲導犬の入店拒否は、今でも「当たり前」のようにはびこっており、盲導犬を連れた全盲の客に対して「二度と来ないでくださいね」と、わざわざ断りを入れるお店まであると言います。
「東京2020」に向けて鳴り物入りで登場した「UDタクシー」(ユニバーサルデザイン・タクシー)。車いすを使う私の友人が、駅前のタクシー乗り場にUDタクシーがいたので乗ろうとすると、タクシー運転手から「車いすは乗るのに時間がかかるから、他に当たってくれ」と言われたそうです。
また、別の車いすの人からは、JR東日本の都市部の駅で、鉄道を利用できない事態が広がっていると聞きました。車いす利用者が電車に乗るためには、前日までに電話連絡しなければならず、かつ電話連絡したとしても時間帯によっては応じることができないというのです。
「らくらくおでかけネット」で埼玉県内の埼京線・川越線を少し調べてみると、埼玉大学の最寄り駅である南与野をはじめ、戸田、北戸田、中浦和、北与野、日進、西大宮、指扇、南古谷の各駅で前日までの事前連絡を必要だとしています。
JR東日本のホームページでは、「障害者手帳をお持ちの方、ご高齢の方、お怪我をされている方等、お身体が不自由であったり、歩行が困難な方は車いすで鉄道をご利用になれます」と明言しているにもかかわらず、障害を理由とする利用上の制限を設けています。
強制不妊救済法による支給認定は、とても進んでいるとは言えないようです。国の統計では約2万5千人が不妊手術を受けたとされていながら、それを裏づける個人記録は3千人余りしか確認できていません。
すると旧優生保護法による不妊手術を受けた事実の確認は、手術を実施した病院のカルテ、不妊手術の手術痕、関係者の証言などになります。ところが、これらのどれもこれもが強制不妊手術を受けたことの確認にまでなかなかたどり着けないのです。
最大の問題は、あまりにも時間が経っていることです。カルテの保存期間は5年ですし、手術を実施した街の産婦人科のほとんどはこの20年間に廃院しています。ご本人の記憶が確かでも、廃院した産婦人科にはたどりようがありません。
本人を脇に置いて、場合によっては本人には何も伝えないまま、親・家族に施設関係者が同意して不妊手術をしていることも珍しくありません。関係者の中には、今さら事実を明らかにしようとしないケースもあると言います。被害者の多くは、孤立を余儀なくされているのです。
被害者の相談対応に当たっているある弁護士は、「過去の人権侵害事案に対して救済を図ることはとても難しく、限界がある。強制不妊救済法の個別事案について、過去の事実を辿ろうとすると、弁護士として本当に無力感を感じます」と言いました。
旧優生保護法による強制不妊手術は、国家権力による人権侵害事案です。つまり、障害のある人たちが逃れようのない立場に追い込まれた上での、不妊手術でした。それでいて、強制不妊救済法による請求期限は、同法施行後5年間と期限を切っています。
以上のすべての事柄が、わが国が障害者権利条約の締約国となってから発生しています。パワーバランスの上で優位な立場にある者が、障害のある人に向かって「これ以上文句言うな」と言い放つ「文化」が、不気味に増殖しているのではないでしょうか。
私たちの日常生活世界において、「権力的に他者を排除する」風潮を平和な文化に組み替えていく営みが問われているのでしょう。
埼玉県鴻巣市には、子宝と安産の神様として有名な鴻神社があります。祟りをもたらす大木にコウノトリのつがいが巣を作って抱卵しはじめたところ、大蛇が卵を飲みこもうとしました。
そこで、コウノトリはこの大蛇と闘い撃退しました。それ以来、コウノトリのつがいが巣をかけた大木は、祟りをもたらさなくなり、平和がもたらされたという言い伝えが残っています。現在の鴻巣市の地名の由来です。
この神社には、安産と子宝に恵まれることを祈願するカップルが、引きも切らずにやって来ます。強制不妊手術の被害にあわれた方にとっては、惨酷で、耐えられない光景でしかないでしょう。