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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

政治的権力関係としての男と女の関係

 小林美希さんの『夫に死んでほしい妻たち』(朝日新書、2016年)をとても興味深く読みました。この新書の帯をご紹介しましょう(画像は、喜多院の五百羅漢)。


 「妻の妊娠中に飲み会に行く夫」
 「子供を保育園に送っただけでイクメン気取りの夫」
 「週に1回料理をしただけでドヤ顔な夫


 「昔亭主関白、今濡れ落ち葉の横暴団塊夫」
 「『子守はラクでいいよね』『誰が食べさせてるんだ』-タブーな言葉を素知らぬ顔をして言う夫」


 「死ねばいいのに…」


 ここで、背筋に悪寒が走り、「ひょっとすると俺のこと?」と心当たりのある男性諸氏には、必読文献です。が、もはや手遅れかも知れません(笑) むしろ、これから結婚しようと考えている人にぜひともおすすめしたい労作です。

 この本は、多くの事例を通して、夫婦が家庭内部の協働と慈しみ合う関係性を形成することなく、実質的に破綻している現実を明らかにしています。章立ては次のとおりです。

 第一章 子育てという試練! そして愛は殺意に変わる
 第二章 「寿退社」は地獄の扉! 専業主婦の呪いの日常
 第三章 もう夫はいらない! 団塊妻の恨みは骨髄
 第四章 これが夫の生きる道? “イクメン”たちの現実と理想
 第五章 離婚するよりおトク!? だから妻は夫の死を願う

 本書に登場する夫婦の職業や立ち位置は多様です。普通のサラリーマンにハイタレント・サラリーマン、教員同士の夫婦、自営業の夫婦、普通の主婦にセレブ主婦などです。とりわけ、障害のある子どもの出産を機に夫婦間葛藤を拡大していく事例については、特別支援教育関係者に強く注意喚起を促したいところです。

 数々の事例はすべて、夫に殺意を抱くまでには至るが、実際に殺すことはしません。夫婦間に必ず暴力が発生しているわけでもありません。澱のように沈殿した長年にわたる夫への恨みを晴らすため、合法的な復讐の戦略を練っているケースが多く登場します。

 中には、夫の歯ブラシでトイレ掃除をして元に戻しておき、それで歯ブラシしている夫を見てほくそ笑む事例が登場します。くわばらくわばら。

 本書に登場する事例には、リアリティがあります。とくに、1986年施行の男女雇用機会均等法以降に進展した女性の社会進出にまったく対応していない現実の数々が明らかにされています。

 育児との両立を許さない残業だらけの働き方を強要する職場の実態、妻に育児と家事の負担を強要する家族内部の性別役割分業、これらの問題を男女共同参画によって克服しようとしない男たちの実態。

 しかし、わが国の夫婦が親密圏を形成しない問題については、すでに語り尽くされてきました。わが国の家族に巣食う近代家父長制の問題、家事・育児の女性への強要、結婚による夫の姓への強制、年金・税制における「専業主婦」の特別扱い、雇用と労働慣行に巣食う男女差別、子育てと仕事の両立を許さない「働き方」の強要…。

 まさに、男女の間柄は、私的な関係性に還元することのできない政治的な権力関係です。

 そのような意味では、本書は何か新しい分析視点を明らかにしているわけではありません。夫婦間葛藤の発生要因の分析について、男女差別が岩盤のように残る職場の問題と家族内部の性別役割分業に収斂させる傾きには、議論の未熟さを感じます。

 もっとも気になる点は、出産や子育てを機に夫婦間葛藤がはじまっているように描かれている点です。性愛の関係から結婚に至るプロセスに、互いに慈しみ合う関係を形成していないわが国夫婦の根本問題を看過しています。

 「今の年齢で子どもを産んでおかないと」とはやる気持ちからその時点で好都合な相手を選択したような場合、その後の成り行きに困難を抱えるのは必然に過ぎません。

 つまり、本書に登場する夫婦には、個人的性愛の関係を出発点に結婚して家族となるための、夫婦間の協働と親密圏形成に関する課題意識がまったく浮上していないのです。

 この点について、著者の課題意識は希薄ですから、現代夫婦問題への処方箋については、仮説的展望の片りんすら出てこないのです。

 夫婦としてのコミュニケーション能力、性別役割分業を乗りこえていく夫婦としての戦略、職場の無理解に直面したときの夫婦間の労わり合いと共闘の実際など、夫婦間で検討すべき課題は山のようにあるはずです。

 これらの課題が夫婦間で話し合われることなく、夫からみた、あるいは、妻から見た期待値と大きく外れるからと言って「死ねばいいのに」と心を運ぶ間柄は、「甘えの構造」にただずみ続けるわが国夫婦の幼児性ではないでしょうか。

 つまり、アソシエーション家族を構成する夫婦の基軸的性格が曖昧なままなのです。この点は、家族内部の虐待が発生する重要な発生要因の一つでもあると思います。親子間やきょうだい間に虐待が発生する文脈の始まりには、家族形成の基軸となるべき夫婦関係の亀裂や破たんがあるのではないか-虐待防止の観点からは、本書をこのように読みました。

 さて、本書のタイトルもいささか気がかりなのですが、最近の本はいかにも過激でセンセーショナルなタイトルばかりが目立つようになりました。本を売る主戦場が、書店からインターネットに移ったことに起因する安逸な商法です。本書の章立てのすべてに「!」マークを入れるのも安っぽく疑問を感じます。

 タイトルに惑わされそうな本を書店で手に取って内容を確認してみると、「詐欺同様」としか思えないような代物があふれるようになりました。スポーツ新聞の見出しより程度のひどいタイトルが横行するようになってはいませんか。それは結局、活字離れに拍車をかけるだけですから、出版社の自殺行為です。