宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。
- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
24時間子育て支援を施策化する必要
先日、埼玉県障害者施策推進協議会のワーキング・グループの議論の中で、深刻な問題のさまざまが明らかにされました。
障害のある子どもたちの放課後を過ごす場所が、パッチワークになってしまっている実態です。
たとえば、放課後に学童保育や放課後デイ・サービスを終了時刻(18時まで)まで利用し、その後に「有償ボランティア」による子ども預かりサービス等を利用した後(18~20時まで)、さらに民間の制度外サービスによる子ども預かりを利用します(20~22時まで)。この後さらに、何かのサービスを利用する人までいるらしいとのことです。
この背後には、父母の働き方をめぐる厳しい現実があることはいうまでもありません。まずは、第三次産業への就労が圧倒的に大多数となり、朝から夕方までというような仕事はほとんどなくなりました。共働きは当たり前で、正規雇用では残業を余儀なくされ、非正規雇用では不規則な就業時間を強いられる。
保育所や学童保育等はもともと、親の労働時間の基本的な枠組みを朝から夕方までと想定していました。この30年ほどの間、親の労働時間が著しく拡散してきた事態に、「延長保育」程度で対応してきた制度サービスの限界を露呈しています。
そこで、障害のある成年が利用する通所型の障害福祉サービスについても、たとえば就労継続支援B型事業所の利用時間が夕方の17時までの場合、その後の時間帯の支援を引き受けてくれるサービスへの要望が切実なものとなっています。成年してもなお、「放課後デイ・サービスのようなものを制度化してほしい」という声です。
しかし、放課後の居場所がパッチワークになっている現実は、子どもの人権侵害ではないでしょうか。子どもたちの成長と発達にとって、何一ついいことはありません。親の都合と制度サービスの貧困の下で、障害のある子どもたちが連れまわされている事態にほかならず、二次障害の拡大は不可避なのではないかと懸念されます。
では、このような深刻な事態について、親御さんたちが課題意識を持ち、施策の改善に向けた努力を傾注しているかと問うと、必ずしもそうとも言えず、事態は複雑です。
放課後を夜中近くまで、さまざまな「サービス」でパッチワークしている親御さんに、「子どもには負担が多すぎませんか」と訊ねてみると、「仕事を一度辞めたら再就職はおぼつかないのだから、仕方ないでしょ」と返されたことがあります。
確かに「仕方のない現実」に身を置いていることは理解できますが、子どもに強いられたしわ寄せを放置していいものでもない。スーパーかコンビニの惣菜だけの夕飯は、栄養のバランスさえ考慮していれば少しはましな対応となるかも知れませんが、子どもの居場所のパッチワークは性質が異なります。一般的な商品・サービスの購入と同様の「消費者主権型サービス」を福祉サービスに持ち込むことの弊害はまさにここにあります。
現在の保育所や学童保育、放課後デイ・サービスは、父母の就労時間の拡散によって、直接的なコンタクトを持つ話し合いの機会は消失しています。自分たちの子育て困難について、顔を突き合わせて話し合い、事態の改善を検討するような機会はありません。
父母会活動は、必要最低限の連絡をメーリングリストで流す程度が主流です。「顔を突き合わせて子育ての困難について話し合う」なんてことは、もはや煩わしいと感じて意識的に回避する傾向さえあると聞きます。
現行制度の仕組みの中では、子育て支援に関する自治体の計画策定に地域の父母が連帯して参画し、困難の実態にふさわしい子育て支援策の改善を目指すこともできるはずです。しかし、公的サービスの貧しさの下で子育ての困難は個人的な事象に還元され、活用できるサービスを購入して自助努力で対応することに帰結するのです。
また、乳幼児健診においては、アタッチメントが形成されない子どもに対する親の「献上抱き」の問題が指摘されるようになっているそうです。
乳幼児の体を親が両手でくるんで胸でしっかり受けとめる抱っこではなく、両手を前に水平に差し出して、その上に子どもを乗っけるような「抱っこ」のことを「献上抱き」といいます。
親が両手でくるむようにしっかり「抱っこ」をして受けとめてやると、子どもにはかり知れない安心感を与えます。まさに、親が子どもの成長と発達の根拠地としての役割を果たすために必要な基礎的なかかわりです。
「献上抱き」は子どもに不安をひき起こしますから、アタッチメントが形成されにくいのは当たり前です。泣きじゃくっている乳児を保健師さんがしっかり抱っこしてやり、しばらくして子どもが泣き止むさまを親御さんに見せて、「抱っこの仕方」を指導しなければならないケースが増えているといいます。
2007(平成19)年の改正学校教育法の施行当時、重要な課題の一つは、発達障害のある子どもたちの教育を進めることでした。非定型発達の子どもたちは、定型発達の子どもたちの延長線上では理解することが難しく、親御さんは子育てのし辛さを抱えやすいと指摘されてきました。
発達障害に由来する子育ての難しさが大きな課題に浮上してきた時代に、失われた20年の中でわが国の家族と子育ての基本型が崩れ、これらの子育て困難の総体に制度サービスが柔軟に対処することはなかった。このツケが現在の家族と地域社会に、一挙に噴き出そうとしているのではありませんか。
親の労働時間を朝から夕方までにするような「働き方改革」をしないのであれば、少なくとも、一か所の支援サービスによって、放課後の子どもたちへのしわ寄せをできる限り軽減克服できる、24時間対応型の子ども支援サービス事業所を整備すべき時代に来ていると思います。
さて、秋たけなわとなり、冬支度を急ぐ生き物が目を引きました。キアゲハの幼虫が一所懸命パセリを食んでいます。もうすぐ越冬蛹になるのでしょう。