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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

意思決定支援の研修会から

 先日、意思決定支援に係わるさいたま市社会福祉事業団の職員研修に講師として参加しました。参加者の皆さんは、仕事を終えて後の夜の時間帯の研修であるにも拘らず、集中力を途切れさせることなく臨んでいました。

 生活と人生における意思決定は、障害のあるなしにかかわらず、ときとして大変難しく複雑な営みです。意思決定を行う人にとっての価値や了解の問題を避けて通ることはできませんから、単に合理的判断を目指せばいいというものでもありません。意思決定支援は、とても学際的なアプローチが必要であるものと考えます。

 意思決定能力は、知能指数や発達年齢によって一義的に決まる力ではありません。日常生活世界における他者との相互作用やコミュニケーションのあり方によっても、大きく左右されます。

 親密な関係を土台に、日常生活に求められる様々な意思決定に関する情報獲得や意思決定のための協働を積み重ねてきたかどうかという、暮らしの質が問われるのです。

 たとえば、「今日はものすごく寒いね」と親子で会話を交わす朝があって、出がけに手袋やマフラーなどの防寒具の着用を考える間を設けることです。子どもが面倒で防寒具を身に着けずに出かけ、耐え切れないような寒さを味わう失敗の回り道を踏んでから、防寒具の着用を自分で決定できるようになることはとてもいい。

 この場面で、親がこの子には適切な意思決定ができないと判断して、「今日は、手袋をしていきなさい」と一方的に子に対して押しつけて言い放つだけであれば、ほとんど意思決定の能力を育むことはできないでしょう。

 会社ではとても有能な職業人として働いてきた男性でも、家事育児のすべてをカミさんに放り投げてきたような人は、定年退職後に生活上の意思決定には事欠く場合も珍しくありません。昼ごはんや晩ごはんにケチをつけることはあっても、ではどうすればいいのかについては何も考えることのできず、何も意思決定できない殿方もいます。

 テレビ東京の『孤独のグルメ』に登場する主人公の井之頭五郎は、空腹との葛藤に耐えながらお店の品書きメニューや黒板メニューをじっくりと眺め、その日の仕事の運びやお店のロケーションを含めての「食の戦略」を練って、自分の食べるべきメニューを決定していきます。

 何を食べるかの意思決定でさえ、「井之頭五郎」的には「カレーライスかラーメンか」という単純な事象ではなく、葛藤感情に耐えながら「悩む力」の必要であることを示しています。

 最新の脳科学では、言語表出のない人が内言語として考えている日本語を脳波から読み取ることができる技術の開発が進められています。九州工業大学工学部の山崎敏正教授の研究グループは、「グー・チョキ・パー」や「春・夏・秋・冬」の言葉を脳波から解読することに成功し、数年以内に日本語を構成する50音の解読が展望できるまでになっています。

 この技術が発展して、ホンダのアシモ君やソフトバンクのペッパー君と結合すると、言語マヒの高齢者が頭の中で「お茶が飲みたい」と念じるだけで、アシモ君かペッパー君がお茶を入れて持ってきてくれるようになるのも、もはや時間の問題です。

 さらに人工知能のついた介護ロボットと結びつけば、「高菜炒飯を食べたい」と念じると、高菜炒飯を作って、食事介助までしてくれるようになるでしょう。

 近未来のことはさておき、現状では、タブレット端末で意思決定支援のアプリを用いたやり取りは、発達年齢で3歳を超えると大きく可能性が開けることが分かっています。応用行動科学を用いてタブレット端末の使用方法を習得してもらい、アプリの操作に習熟してもらって情報獲得と意思決定ができるようになります。

 実際、知的障害と自閉症をあわせもつ、まったく言語表出のない生徒が、タブレット端末を用いて特別支援学校高等部の授業で司会役を務めることもできるようになっているのです。同様の障害の状態像の人に、タブレット端末を使った自己紹介をしてもらった経験も私にはあります。つまり、「この人言葉ないよね」と周囲が安易に決めつけることは、もはや時代錯誤そのものです。

 知的障害や発達障害のある人の虐待に係る事実確認面接の経験においても、私は発達年齢3歳が目安になるという印象を強く持っています。

 この経験から言うと、市井にありがちな井戸端会議のように、愚にもつかない内容の話を延々とするようなコミュニケーションをする人は、事実の確認や意思決定をする力に弱く、日常はどちらかというと寡黙だけれどもしっかりと自分をもって考えてきた人ほど、明確な意思を提示できます。

 意思決定の能力がないことを明らかにすることのできる一義的な基準やアプローチがあるわけではありません。『イギリス2005年意思能力法・行動指針』(2009年、民事法研究会)の行動指針によると、意思決定能力があるかどうかというオール・オア・ナッシングの発想をとことん排除して、決定が行われるプロセスへの本人の参画を追求していることが分かります。

 つまり、“Nothing About Us,Without Us”以外の何物でもないのです。今直ちには十全な意思決定能力がないとしても、意思決定の力を育む方向性をもった決定過程への本人参画を実現することが、意思決定支援のキモです。

 さて、極寒の時節だけ、ときどき野鳥に庭でご馳走を振舞うことがあります。傷みかけたリンゴやミカンなどが中心です。やってくるのは、メジロ、ヒヨドリ、ムクドリなど、街中の野鳥たちですが、リンゴやミカンを置いた途端に、野鳥間のバトルが展開することになります。

リンゴを頬張るヒヨドリ

 春の育雛のための縄張り争いと異なり、極寒期の餌をめぐる争いとなると、なかなか決着はつきません。たいていは、力のあるヒヨドリが地回りの親分さんのように自らのシマとするのですが、それでも親分さんがちょっとシマを離れたすきに、他の野鳥がこっそりと食べに来ています。すると、それを見つけた親分さんは、猛烈な勢いで飛んできてはチンピラを追い払うイタチごっこです。

細い舌があります

 このヒヨドリは、1970年代に田舎の里山暮らしから都市生活者に身を転じた野鳥です。木の実や花の蜜を好み、花の奥の蜜をなめるための細く伸びる舌を持っています。ヒヨドリもきっと、桜の花の咲く時節の来るのが待ち遠しいことでしょう。でも、花の蜜を好むからには、ヒヨドリは舌で甘みを感じているのでしょうか?