メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

「ニーズ把握」にあるギャップ

 先週の9月28日、野村総合研究所は「保育施設等の利用状況および利用意向に関する調査」のレポートを公開しました(https://www.nri.com/jp/news/2017/170928_1.aspx)。

 この報告書の主旨は簡潔な副題にまとめられ、「保育の充足に対する利用者側と供給側の認識に開きがある限り、『待機児童問題』の終息は困難」と指摘しています。

 厚労省はこの9月1日に、「保育所関連状況取りまとめ(平成29年4月1日)および『待機児童解消加速化プラン』集計結果」を公表しています。これによると、保育所の「待機児童数」は、わずか26,081人です(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000176137.html)。

 ところが、野村総研の調査結果では「今年4月からの保育利用希望がかなわなかった子ども数を推計すると」、全国で34.6万人となり、厚労省発表の13倍強となるのです。

 野村総研の調査レポートは、「利用希望がありながら申し込まなかった人の4割が、『どうせ無理だろうと諦めた』」という実態を明らかにし、市町村の「保育課に相談したところ利用できる可能性は低いと言われた」例も引き合いに出しています。

 このいかにも古典的な「窓口対応の水際作戦」の問題に加え、「水際作戦」によって「保育所利用申請」を諦めざるを得なくなった人は「待機児童数」の定義にさえ含まれない。すると、行政発表の「待機児童数」と現実のニーズのギャップは等閑視され、いつまでたっても「待機児童問題」が解決する見込みは立たないとこのレポートは指摘します。

 野村総研のレポートにある待機児童34.6万人という推計値は、この人数と同数の労働力が有効に活用できていない現実に直結しています。あらゆる職場で深刻な人手不足が叫ばれているご時勢だというのに、どうして産業政策の必要からも保育所の拡充を進めようとしないのでしょうか?

 そこで、野村総研のレポートは、最後で次のような提案をしています。サービス供給側の論理で「保育の必要性の有無」の要件を決め続けても、「待機児童問題」は一向に終息しないのであるから、たとえば、労働力不足に対応する有力な施策として、「期待する労働力量から考えて、必要な保育量を議論する方法が有効」だと。

 そして、このような観点から、別の野村総合研究所のリポートは、2020年までに新たに整備が必要な保育の受け皿は88.6万人分だという推計値を明らかにし、政府のいう待機児童数2.6万人との開きは歴然です(https://www.nri.com/jp/event/mediaforum/2017/forum253.html)。

 しかし、必要な労働力から保育施策を考える発想をこれまでに自治体がまったく持ってこなかったというわけではありません。2016年4月11日のブログに記したように、高度経済成長に伴う労働力対策として、川崎市では「社会政策(労働力政策)として保育所を拡充していた」という施策担当者の証言を私は聞いています。

 すると、最近の役所仕事は、福祉施策を縮減する方向だけの知恵を出して、保育の必要要件を最低限に抑制するために定義をこねくり回すことに収斂してしまっているということになるのでしょうか。

 「待機者」の定義をこねくり回して政策課題を縮減する手法は、特別養護老人ホームでも追及されてきました。朝日新聞によると(http://www.asahi.com/articles/ASK3W3RXBK3WUTFK004.html)、要介護1と2の高齢者が特養に入れないようにするだけで、2013年の調査結果にある52.4万人の待機者数が、2016年の調査では36.6万人と、一挙に16万人近く減少するのです。

 障害のある人を支援する施設についても同様のことが言えるでしょう。たとえば、東京都だけでも、2014年の障害者支援施設の入所待機者数は、身体障害者で316人、知的障害者で889人の合計1,205人にも上るのです(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shougai/shougai_shisaku/shougai_kyogi/dai7ki/senmonbukai2.files/260826_5-2.pdf)。

 福祉サービスの利用が2000年の社会福祉法以降、措置費制度から利用契約制に移行したことは周知の事実です。措置費制度は、利用者本人の権利行使によってサービス利用に至るのではなく、措置の反射的受益でしかない問題があって、利用契約制はサービスの消費者としての権利が保障されるようになると言われ続けてきました。

 しかし、サービスの利用に切実なニーズを持つ国民の側には「福祉サービス利用権」が剥奪されたままですから、政治家の無理解と行政のサジ加減次第で、ニーズの存在自体を潜在化させるように操作され、必要不可欠なサービス供給の拡充が放置される事態が続いてきたのではありませんか。

 少なくとも、社会的な諸施策と現行の福祉サービスとの関連でニーズ量を愚直なまでに正視することが、政策に責任を持つ側の出発点として必要です。施策の具体化にあたっては、多様なサービスの形態と内容を構想できるとしても、ニーズの存在を胡麻化してしまう限りは、少子化と労働力不足の現実を克服することはできないでしょう。

 野村総合研究所のレポートは、東京圏や名古屋・大阪圏の都市部だけでなく、地方圏にも待機児童数がかなり存在する実態を明らかにしています。行政のご都合主義的な「待機児童の定義」のもたらす政策の歪みを端的についており、多くの方に目を通していただきたいと思います。

ダイサギとコサギの群れ

 さて、近くの水辺まで散歩に出かけると、ダイサギとコサギの群れがいました。いろんな方向を向いて好き勝手しているサギたちは、なぜか群れています。何となく今の政治の世界のようにも見えてきてしまいます。

カワセミ

 でも、鳥たちの群れに権謀術数はありません。そこに、カワセミが飛んできてワンショット。ホッとしました。