宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。
- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
事態は明らかにされていない
津久井やまゆり園の事件の被害者の皆さまに心よりご冥福をお祈り申し上げます。
この事件をめぐり、見解を求められることもありましたが、これまでは一切のコメントを差し控えてきました。それは、あまりにも情報が断片的で乏しく、事態の全体像がいまだに詳らかにされていないからです。
その背後には、多数の犠牲者に対する賠償を含めた責任問題があるため、情報管理が必要以上に慎重になっているのかも知れません。事件直後に厚労省が「措置入院制度の見直し」を表明し、NHKがすぐにこの線に即した討論番組をしたことに、障害当事者・支援関係者の大多数が著しい違和感と、場合によっては憤りを覚えたことは間違いのない事実です。
ナチスの優生学思想やヘイトクライムを指摘する言説もあふれていますが、これについても犯人がこのような「思想犯」「確信犯」だったと言い切れるのかどうかがはっきりしません。大学時代から複数の薬物依存にはまり、劣等感の強い容疑者が強くなりたいと刺青を入れだし、「妄想性障害」にふさわしく「ヒトラーが降りてきた」と取り調べに対して応えている内容を、とても「思想」や「確信」とは評価できないからです。
また、薬物の問題が絡んでいるとはいえ、意思疎通のできない重度障害者に対するヘイトクライムを主張している点は、この容疑者が津久井やまゆり園に勤めだしてからのことである点に着目して、「密室型の強制管理」を行う障害者施設ならではの問題と指摘する言説も見受けられます。
しかし、要介護高齢者の施設や重度心身障害のある子どもたちへの医療型入所支援施設(ここには、意思疎通のできない重度重複の成年も多数在籍します)との対比で、入所型の障害者支援施設に特異な問題があるわけではないのです。「虐待」という事象からみると、このような「密室型強制管理」問題を抱える最もポピュラーな時空間は「家庭」であるとさえ言っていいでしょう。
津久井やまゆり園は、県立県営の時代から知っている施設ですが、たしかに重度重複の方が多いとはいえ、この施設に固有で特異な問題があるとは、今のところ考えることはできません。
この間、私は地方の仕事がいくつか重なって、障害者施設支援の関係者とこの話題になることの多い日々でした。このような支援関係者との話の中で、これまでのところ情報が乏しく、取り上げられていない重大な問題が、4点ほど浮上してきました。
一つ目は、津久井やまゆり園は元県立県営施設であり、社会福祉法人かながわ共同会の指定管理者に移行しているという点についてです。この間、虐待事案の発生等で取り上げられる施設の一群に、平成12年の社会福祉基礎構造改革に伴い県立施設の運営体制が大きく変化した施設があります。
千葉県立施設の虐待死亡事件、元高知県立施設の南海学園の拘束事案、鳥取県立施設の拘束事案、そして今回の元神奈川県立施設での凄惨な事件です。この内、ふたつの県立施設の元職員であった県職にお話を伺っていますが、「現場職員の労働密度や負担は、県直営の時よりも、間違いなく過重なものとなった」と伺っています。
二つ目は、保育士や介護職と同様、障害者支援施設の職員についても、求人が絶望的に埋まらない状況が続いてきたという点です。一部の報道では、津久井やまゆり園の求人に応じてきた容疑者は、非正規から正規雇用に移行するときに、「明るく前向きな姿勢で取り組んでおり、これからの伸びしろがあると判断された」と指摘しています。
率直に言って、この報道が事実だとすれば耳を疑います。企業の営業社員じゃあるまいし、「明るく前向き」だから採用したというのは、障害者支援の専門性を抜きにしたこの程度のことを採用可否の判断基準にせざるを得ないほど、求職者がいなかったというのが真実ではありませんか。
かながわ共同会は4つの県立施設の指定管理者になっていますが、この中でもっとも辺鄙なところにある津久井やまゆり園の職員採用は、とくに困難を極めていたことが予想されるという人もいました(業界関係者の話)。
三つ目は、県立施設の指定管理者となったかながわ共同会は、障害者自立支援法以降の新たな支援体制を開発主導するセンター的役割を県内で期待されていた点です。
同会は4つの指定管理者になって以降、「公私パートナーシップ」を推進する施設として研究発表をし、その他厚労省の自立支援調査研究プロジェクトである「就労継続支援A型における地域展開を意識した作業種目の開発とその実証によるビジネスモデルの構築に関する調査研究事業」(研究助成金620万円)を担うなど、県内の障碍者支援施設に対して新しい取り組み方を指し示す活動に取り組んできた施設です。
これらの取り組みが、現場支援者の参画に基づいて、公開されているように新しい時代を切り開くような研究成果を導いているのだとすれば、現場支援者はよりいきいきと課題認識を共有できる職場になっていたのではないかと推測できるのです。
そして、最後に、このままではこの事件をめぐる事態の全体像は詳らかにされないままに終わってしまうのではないかという懸念です。今回の事件では、被害者の氏名を報道しない問題の指摘さえ相次いでいます(たとえば、8月11・18日夏季特別号の週刊新潮、8月12日週刊ポストなど)。被害者弁護団を結成し、法人と県を相手に裁判でも起こさない限り、事態の真相は明らかにできないのではないかという弁護士の意見も耳にしました。
しばらくは、断片的な報道や言説に振り回されないことが大切だと考えます。少なくとも、神奈川県には、第三者事故調査委員会を設けて事故再発の防止に資する徹底した事実の解明と公表を行う義務があると考えます。
函館地区自立支援協議会と南北海道福祉協会の研修で函館に行ってきました。一つは、差別解消支援の地域における体制整備についてがテーマで、もう一つは、差別解消法における合理的配慮と意思決定支援の取り組み方についてでした。
北海道に赴くたびに、目先のことに振り回されることなく虐待防止や差別解消にじっくりと取り組もうとする北海道ならではの文化を実感します。とても気持ちのいい研修会でした。
函館は、あまり温泉観光というイメージではありませんが、湯の川温泉に谷地頭温泉、そして少し北に足を延ばすと大船温泉ひろめ荘と、なかなか良質な源泉掛け流しを堪能することができます。漁師町の温泉にふさわしく、「普段着の温泉」として気取っていない点がまことによろしい。