宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。
- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
キャッチアップしたはずだったでしょ?
私が大学院生の頃、「わが国の社会保障はすでに先進国の水準にキャッチアップした」という言説が流行していました。
キャッチアップ(catch up)とは、「追いつく」という意味で用いられていました。1980年代に入り、日本の社会保障・社会福祉の水準は先進国に勝るとも劣らない水準に到達したというイデオロギーがふりまかれた時代があったのです。
もちろん、当時からこの言説に対する批判は山のようにありました。たとえば、日本が先進国にキャッチアップしたものの根拠とした年金水準のインチキがその一例です。当時2~3万円台の年金受給者が夥しい人数で存在する国民年金をいささかたりとも取り上げることなく、厚生年金の水準だけで「先進国並み」だと主張するほどいい加減な言説でした。
これほどいい加減な言説を振りまくことのできる、ある種の自信が当時の日本にはあったのでしょう。アメリカに次ぐ世界第2位のGDPを誇り、Made in Japanが世界を席巻し、 “Japan as Number One : Lessons for America”(エズラ・ヴォーゲル著『ジャパン・アズ・ナンバー1-アメリカへの教訓』1979年、TBSブリタニカ)と持ち上げられて、1985年のプラザ合意に始まるバブルのさなかには、日本の名だたる企業がニューヨークの不動産を買いあさったり、途方もない高額で名画を購入したりすることになった時代です。日本は名実ともに先進国だと言ってみたかった連中がいたのでしょう。
それがこのところ日本の社会保障・社会福祉の貧しさを指摘する報道が、相次ぐようになりました。
「保育園に落ちた日本死ね!!!」という匿名ブログをめぐり、すぐさま3万件を超える共感的な反応がインターネット上に起ったという出来事がありました。この反響は、一向に収まる気配がありませんね。
「何が一億層活躍社会だ」という書き込みが、そこかしこにあるだけでなく、かなり広範囲な人たちの共感的反応が今回の特徴と言っていいでしょう。NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんが「保育園が増えない理由」を詳しく解説したものをはじめ、ロックバンドGLAYのボーカルTERUさんがTwitterに入れた書き込みも話題になっています。TERUさんの書き込みは次の通りです。
「話題になってる問題。僕はこの女性を支持します。実際、僕の個人事務所の経理を任せてる妹や従姉妹が全く同じ問題で苦しんできました。2年がかりで受け入れられはしましたが、政府には本気で考えて欲しい問題です。『保育園落ちた日本死ね!!!』」
川崎市の「Sアミーユ川崎幸町」で発生した虐待死亡事件をはじめ、介護現場における虐待の深刻な実態が報道されるようになっています。
以前にこの施設に勤めていた介護職のインタヴューによると、夜間は複数人体制であるけれども、休憩時間を交代で取るとなると、一人ですべてをみなければならない時間帯があったと明言しています。
「介護職はやりがいのある仕事だ」という一部の主張に、私も全く異論はありませんが、介護の仕事をめぐる制度的条件の貧しさをはっきりと指摘したうえでの言説でなければ説得力はありません。
この2月22日には、44歳になる脳性まひの息子を、父親の死後に一人で介護してきたしてきた74歳の母親が首を絞めて殺害した事件の判決の報道がありました(毎日新聞大阪版朝刊)。44年間にわたり、この母親は眼をかけ心をとめて息子さんを愛してきました。しかし、年老いてうつ病にかかった母親は、介護し続けることを限界に感じ、自分が高齢者施設に入りたいとケアマネに訴えた翌朝に、息子さんに手をかけた事件です。
とても重い障害のある息子さんを、年老いた母親が抱え込まなければならないという現実。これほどヘビーな支援課題のある人についてさえ、施設入所を遠ざけようとする人権侵害。わが国における虐待事案のかなりの部分は、社会保障・社会福祉の貧しさに起因するといっていいのかもしれません。
それにしても、この事件の大阪地裁の判決は懲役2年6月の実刑判決でした。判決文は、「半世紀近い介護生活の苦労に同情しつつ、身勝手な犯行だと母親を批判した」と報道にあります。日本の裁判所には絶望を感じます。
給付型奨学金がないまま、平成30年頃には、国立大学の授業料が年額90万円になるという一方で、わが国における大学の退学理由の第1位は「経済的困窮」が続いています。先進国の国立大学で、10万円以上の授業料を徴収している国があるのでしょうか。
さて、春が近づくにつれて、暖かくなったかと思うと寒の戻りがある日々がしばらく続きます。寒さが戻った折、庭の木にリンゴをつけて、野鳥にプレゼントしました。もっとも、食べものが乏しくなっている時節なのか、リンゴをめぐる野鳥の縄張り争いと夢中で食べる様子が印象的でした。