メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

支援の条件整備・環境改善をスルーする


 障害児者支援の現場で発生する虐待について、あたかも強度行動障害が要因であるかのような論調がまかり通っています。このような議論は間違いです。真の問題は、強度行動障害のある人に適切な支援をするための施策が不十分であることです。

 「強度行動障害を有する者の地域支援体制に関する検討会報告書」(2023年5月)は(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_32365.html)、ある意味では、これまでの強度行動障害に係わる施策の不備を裏書きする資料です。

 まず、これまで実施されてきた「強度行動障害支援者養成研修」(基礎研修は2013年~、実践研修は2014年~)について、その成果と到達点を明確にはしませんが、一定の総括を行っている部分があります(報告書7頁)。

 「自閉スペクトラム症支援に携わったことのない支援者も受講しやすいような内容構成となっており、障害特性や支援の手順等の基本的な知識は獲得できるが、それだけでは実際の現場での支援を支援者が自信をもってしっかり実践することが難しい」

 「支援現場からは『学んだことを支援現場で取り組むことが難しい』などの意見もあり、研修修了者に対するさらなる専門性の向上のための研修や、支援現場での実践を通じた人材育成を進めることが必要である」

 報酬加算のインセンティヴまでつけて、学んだことが支援現場の実践に活かすことが難しいというのは、そもそも研修の役割を果たしておらず、予算の無駄遣いをしてきましたと告白したようなものです。このような限界を実施から10年も経過して、今さら言うことなのでしょうか。

 そこで報告書は、これまでの研修だけでは強度行動障害に係わる現場の支援が向上しないことを踏まえ、「中核的人材」(8頁)と「広域的支援人材」(9頁)を新たに位置づけます。

 まず、中核的人材とは、「標準的な支援を踏まえて適切な支援を実施し、組織の中で適切な指導助言ができる現場支援で中心となる」支援者で、強度行動障害のある利用者の支援に取り組む「各事業所に配置される想定で育成」するとあります。

 中核的人材は、「強度行動障害支援者養成研修(実践)の修了者を対象に」養成を進め、「座学のみではなく、外部の専門人材による指導助言等を踏まえた」実践的研修とすることが重要だとします。

 次に、広域的支援人材とは、「著しい行動障害が生じている等の対応が難しい事案について、現場で支援に当たる中核的人材等に対してコンサルテーション等による指導助言が可能な高い専門性を有する人材」で、地域の強度行動障害のある人の人数等の実態を踏まえて、「都道府県等の広域で必要数を想定し、育成を進めていく」とあります。

 広域的支援人材は、「中核的人材の養成研修の修了者を対象」に養成を進めるが、「中核的人材の養成が開始されていない中では、まずは強度行動障害を有する者への支援に関して、すでに事業所等への指導助言を行い、地域の支援において中心的な役割を担っている者を対象に研修等を実施する」とあります。

 これらの文章は、具体的には意味不明です。

 つまり、中核的人材の養成に係わる「外部の専門的人材」と広域的支援人材の養成に係わる「すでに事業所等への指導助言を行い、地域の支援において中心的な役割を担っている者」は誰を指すのかさっぱり分かりません。

 しかし、「地域支援体制(イメージ)」を絵柄にした「厚労省お得意」の図(報告書概要③)によると、「国立のぞみの園」が中核的人材と広域的支援人材の育成を担当することになっています。報告書の文書には出てこないのに、地域支援体制の「曼荼羅図」には、国立のぞみの園が「大日如来」よろしく登場します。

 これらの新たな人材養成に向けた研修ビジネスを国立のぞみの園を頂点に構成し、修了者である中核的人材や広域的支援人材を配置する支援施設・事業所にはインセンティヴとしての報酬加算をつけるという「性懲りもない施策誘導」をしたいようです。

 特別支援教育においてASDのある児童生徒に係わる「中核的な教員」であるためには、学部で特別支援学校教育一種免許状を取得した教員を「標準的なアセスメントと支援ができる者」とした上で、専門職大学院か修士大学院を修了していることが最低条件です。学部と大学院を合わせて6年間かかります。

 地域のASDのある困難児童に関するコンサルテーションのできる「広域支援」の担当教員は、大学院を修了した専修免許状を持つ「中核的な教員」が、個別のケースに係わる実践について、大学等の高度な専門性を持つ教員に、5年以上のコンサルテーション等による指導助言を受けなければ到達することは不可能です。先の6年に加えて5年以上です。

 施設・事業所の職員になるための基礎的な専門性について、そもそも何の要件もないところに、強度行動障害支援者養成研修の基礎と実践でそれぞれ12時間のプログラムを受けた者に対して、さらに専門性の高い人材を養成するためには、どのようなカリキュラムを立てるつもりなのでしょうか。

 養成研修は、まさか、数日で修了はあり得ないとしても、数週間や数カ月でも不見識極まりない。人材の養成は、カップラーメンやレトルトカレーのように即席でできるものではありません。

 これまでの強度行動障害支援者養成研修が基礎と実践それぞれ「12時間の即席ラーメン風人材養成」で適切な実践に活かすまでの力にならなかったからこそ、神奈川側県立中井やまゆり園のように、神奈川県における強度行動障害支援の拠点施設でありながら、行動障害を拡大し、施錠監禁を続ける「強制収容所」に至ったのではありませんか。

 神奈川県立中井やまゆり園は、国立のぞみの園に助言を仰いでいた事実があります。その国立のぞみの園が中核的人材と広域的支援人材を養成することに信頼性を持てるのですか。むしろ、新たな人材養成を口実に、独法化した国立のぞみの園のための研修ビジネスを設けたのではないかという疑いさえ湧いてきます。

 さらに、この報告書は、とても不思議なことに、環境整備や条件改善のための施策の必要性については具体的に何も指摘しません。

 強度行動障害のある人への支援のキモは、「個々の障害特性をアセスメントし、強度行動障害を引き起こしている環境要因の調整」にあるとしながら、環境要因の調整に必要不可欠な環境整備のための施策について一切触れないのです。

 食事の時だけパーテーションで仕切る程度の環境調整ならともかく、知覚過敏や嫌悪刺激のあり様によっては、高度な防音工事や光の調整装置が必要となるはずです。

 避けるべき刺激を明らかにしてそれに対応するだけでなく、それぞれの人が落ち着くことのできる環境を構成できなければならない。すると、場合によっては、徹底した構造化を考慮して、建物丸ごとの新築またはリフォームが必要となります。

 たとえば、TEACCHプログラムは、居住空間だけでなく地域環境そのものの条件整備まで構想に入れるのですから、強度行動障害のある人が安心して暮らすための環境整備のための施策が明確でない点は致命的欠陥です。

 とくに、都市部の施設やグループホームは、光・音・振動の強い刺激に溢れているため、環境整備にお金をかけなければなりません。この点を考慮した環境整備のための施策は、強度行動障害のある人のための「地域支援体制」には必要不可欠です。

 職員配置の改善についても一切触れていません。土日祝や夜間の職員配置の貧しい実態を改善する手立ては、現状の制度では無きに等しい(一般社団法人全国知的障害者施設家族会連合会編『地域共生ホーム』の南守著「職員の専門性と待遇の改善を求めて」(第3章、53‐104頁)、「施設経営と運営のあり方について」(第5章、131‐146頁)、中央法規出版、2019年)。

 この報告書に添付される資料に、社会福祉法人侑愛会の取り組みがあります。この法人では、ASDのある人への適切な支援の実現に向けて、高度な専門人材を養成するとともに、ASDのある人が安心して暮らすことのできる居住環境の整備にも力を入れて取り組んできました(資料24‐33頁)。

 同法人の診療所の医師である高橋和俊さんをノースカロライナ大学医学部精神科TEACCH部に2年間派遣しているのです。東北大学医学部大学院を卒業の後、国立精神・神経センター武蔵病院小児科等の診療で研鑽を積みながら、イギリス小児精神保健知的障害サービス部での研修も修了されています(https://www.yuai.jp/info/event)。

 このような高度なレベルの専門性が、広域的支援人材に求められるという例証です。即席で養成できる人材ではないことは無論、少なくとも10年の研鑽が必要であることを改めて強調しておきたいと思います。

 最後に、この報告書は、これまた性懲りもなく、不可逆的な強度行動障害の状態像にある人への施策を忘却の彼方に放置します。

 報告書の資料の最後に、国立のぞみの園が平成30年の強度行動障害支援者養成研修に使用した「強度行動障害に関する研究と支援の歴史」(114-130頁)が掲載されています。

 ここで、「施設等における支援の理想と現実」(127頁)を論じて、長期間の身体拘束や行動制限がある事実の背後に、「医療と密接に連携した集中的な支援プログラムを実施しても、難治性行動障害(ママ)とされるものが一定数存在する」ことを認めています。
(なお、この部分は、ASDのある人への支援に尽力を注いだ弘済学園の元園長である飯田雅子さんの論稿の引用です。ただ、「難治性行動障害」という用語は、行動障害を疾患単位の一つとして扱う点で誤りであり、「不可逆的な行動障害の状態像」が適切な表現だと考えます。)

 同資料に掲載される国立病院機構肥前精神医療センターの医師である會田千重さんの「医療の実践」(74-87頁)においては、医療・福祉・教育等の連携支援を通じて安定した地域生活を実現した事例は、10代と20代の人しか出てきません。

 三十路を過ぎ、四十路を越えて、「強度行動障害」が不可逆的な状態像になった人への、司法関与のある人権保護施設の創設が必要不可欠です。

 強度行動障害の不可逆的な状態像の人たちは、中核的人材や広域的支援人材を用意しても、意味はありません。居住型施設において、これまでと同様、身体拘束・行動制限の虐待が潜在的に続きます。

 神奈川県立中井やまゆり園のような身体拘束の愚を繰り返すことなく、身体拘束の可能性を断ち切ることが重要です。不可逆的な強度行動障害の状態像にある人を施策に取り上げずに放置することは、障害者権利条約の締約国に許されることではなく、社会的虐待であることを指摘しておきます。

天に召されたチビ

 以前わが家にいたチビです。娘が家を離れ私一人では面倒をみれなくなったので、途中から他のご家族の一員になりました。家族の中だけでなく、地域でも多くの人に好かれる評判の犬でした。チビによって、家族と地域のネットワークができるのです。時間をかけてじっくり育成したからこそ、家族の中核的犬財であり、広域支援犬財になったのでしょう。訃報にいささかしんみりしています。