宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
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- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
虐待と親密圏の変容
虐待の発生する土壌について、かねてより私は親密圏の変容の視点から考えてきました。今年度のさいたま市虐待防止実務者研修で実施してきた虐待事例の検討においても、様々な事例を取り上げて「どのように虐待対応するのか」という点にとどまらず、何が虐待の発生関連要因であり、どのようなメカニズムによって虐待が発生するのかというところに分け入って迫る努力をしてきました。
このような私の研修内容について、昨日開催されたさいたま市地域自立支援協議会虐待防止部会においても、一部の委員から、非常に大事な内容なので広く学べる機会を設けてほしいというご要望をいただいています。
今年度は、相当数の虐待事例をインテンシヴに検討してきたため、それらを集約した事例集を制作した上で分析し、親密圏の変容の視点から虐待の発生関連要因とメカニズムを明らかにすることによって、虐待防止に資する知見に仕上げていきたいと考えています。
わが国が近代化の道を歩み始めた明治以降、家族のあり方は大きく変化してきました。この変化を家族の内側から捉える視点と方法が必要です。この点で、湯沢雍彦さんの『データで読む平成期の家族問題-四半世紀で昭和とどう変わったか』(朝日新聞出版、2014年)は実に有意義な本です。明治から大正、昭和前期、昭和後期と時代ごとの家族の変化を丹念に研究されてきた湯沢さんならではの内容です。
まず、大規模統計と家庭裁判所事件の動向から家族の変化を明らかにします。そして、各論を展開します。「第二部 夫婦と親子の具体的な姿」では、新聞紙上の「身の上相談」の変化から、一般夫婦の人間関係、離婚になる夫婦のいきさつ、親と子のつながりの深まりが取り上げられるとともに、「児童虐待と子の救済」が展開されています。
また、「第三部関連問題のトピックス」の第1章「家庭の内側」は特に興味深い内容で、つぎのような節で構成されています。
- 1.主婦向け雑誌の廃刊
- 2.ケータイ時代の家族関係
- 3.オレオレ詐欺の横行
- 4.葬式とお墓の変わりぶり
- 5.イクメンの登場
これらの事象は現在進行形であるため、厳密な検討がさらに必要なことは当然ですが、虐待の発生する親密圏の変容という観点からは、とても示唆を受ける内容でした。この書の中には、「いじめ問題の日本人的特質」を取り上げた部分もあり、最後に「附論 少子化克服のための生活改革」を論じて締めくくられるように、日本の家族の現実分析から課題克服の議論を展開するアプローチにはとても納得がいきました。
家族と家族関係の文化は、西欧と日本で異なることは言うまでもありません。谷崎潤一郎の小説『痴人の愛』に表されたわが国における恋愛と近代夫婦のはしりは、日本の近代家族が欲を実現するための器になりやすい傾きを当初から持っていたことを提示しているように思えてなりません。それと同時に、家族を通じてこそ育もうとしてきたそれぞれの人の幸せもあったでしょう。
この割り切れなさは、すべての人が共有するものです。湯沢さんは同書の中で、「子ども虐待は増えている」と言い切っています。だからこそ、この息苦しさの広まりの突き抜けたところにそれぞれの人にふさわしい幸せを作り出す営みが、真の虐待対応であり、虐待防止の取り組みであると考えます。そのことを虐待の事例検討と親密圏の変容から明らかにすることを、私は向こう一年の課題に据える予定です。