宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。
- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
冷蔵庫の残りものレシピ
高齢者支援に係わる厚労省の地域包括ケアシステム事例集に目を通しました。私は思わず、眩暈に襲われました(https://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/chiiki-houkatsu/)。
改正児童福祉法による「子育て世帯に対する包括的な支援のための体制強化及び事業の拡充」の資料を読んだ時と同じ症状の眩暈です(2023年9月19日ブログ参照)。
これらの事例集は、地域の特質や旨みを活かした「包括的支援システム」にはほど遠い代物です。いうなら、地域の「冷蔵庫の残りもの食材」を搔き集めて何とか献立にしようともがいている感じです。
和食の基本である「一汁三菜」に湯気の立つ炊き立てご飯がついてくるような「包括性」を期待してしまうと絶望感が押し寄せてきます。要介護や認知症の高齢者とその家族にとって一番必要なものは充足しないまま、ネットワークの絵柄でいろいろやっているように見せかけています。
長い間、少子高齢化に対応する施策を棚に上げたまま今日まで来たのですから、そもそも地域で使える残りものはほとんどなくなっています。
先日、子ども食堂を手がけている責任者の方と、子ども食堂を取材している新聞記者の方とそれぞれお会いする機会がありました。一口に子ども食堂と言っても、食堂を開く週当たりの回数や性格はまちまちで、子どもたちのための社会資源というよりも、「高齢者の生きがい対策」に過ぎないところさえあります。
それぞれとお話しする中で共通の話題となった点は、もっとも食事に困っている子どもたちに子ども食堂の取り組みが届いているのかどうかという問題でした。貧困をコアに抱える多問題家族で、接近困難なクライエントとしてひっそりと孤立している子どもたちにアクセスする特別の手立てを講じている団体はほとんど見かけないといいます。
それでも、厚労省のスライドには、虐待の発生が懸念される子育て世帯の「包括的支援」に活用される社会資源の一つとして、「子ども食堂」が堂々と登場します。
ACジャパンも広告で「応援しています」と言いますが、地域によっては子どもたちにとって全く当てにならない「地域まかせ(地域丸投げ)」の取り組みをネットワークに放り込んで、様々な問題に対応する「地域包括ケアシステム」に見せかけるのです。
このような「地域の冷蔵庫に残るものレシピ」による「包括支援システム」を、児童、障害者、高齢者等のすべての制度領域の絵柄で描いていくのですから、つまらないものでも「残りもの」で何とか一品になればいいでしょう。
本当は、ご飯と肉か魚のたんぱく質が必要不可欠なのだが、あいにく残り物はしなびた青菜と冷凍庫に底に眠っていた油揚げだけで、それを炒め物か汁物にするのがやっとでした、これでも「地域包括ケアシステム」。
厚労省の事例集には、私の住む川越市の認知症対策の事例が登場します(第3章、スライド右下頁数で38頁~)。「枯れ木も山の賑わい」とはこのことです。川越市の事例を簡略化して「取り組みのポイント」を紹介すると次のようです。
1 地域包括支援センターが認知症家族介護教室(3回1コース)を開催する
2 認知症家族介護教室フォローアップ事業(オレンジカフェ等)を実施する
オレンジカフェ(月1~2回、1回2時間程度、通所介護施設や公民館で開催)を、まずは地域包括支援センターが主催する。特に決まったプログラムはなく、「利用者が主体的に活動」し、地域包括支援センターの受託法人による開催か「介護者の自主的活動」として定着させていく
3 市民後見人の養成推進事業(社会福祉協議会に委託)
要するに、地域と当事者にケアを丸投げするだけ。家族には認知症に係わる介護スキルを学んでもらって「この先もできる限りずっと介護に励みましょう」、認知症介護でこのような困難を共有する介護者と高齢者の集まる機会を自分たちでつくって、プログラムも自分たちで考えなさい。市は社会福祉協議会に市民後見人の養成を委託します。これでお仕舞い。
介護保険制度が当初から抱えている問題をまるで考慮していません。要介護状態を身体的な状態を中心に考慮するだけで、認知症に必要な介護は一貫して「家族まかせ」のまま。この事例は「地域包括ケア丸投げシステム」です。
介護保険制度は当初、導入をめぐる賛否両論が渦巻く中で、「支え合いの制度だから、先に導入ありきでよく、後は進めながらより良い方向を考えればいい」という世論形成に一部の「文化人」やマスコミが大きな役割を果たしていました。
介護保険施行からの23年間、高齢者の人口推移は何年も前から明らかであるにも拘らず、より良い方向に歩みを進めた跡が果たしてどこにどれほどあるのでしょうか。
今年の7月19日、NHK解説委員の牛田正史さんは「待ったなし!介護保険改革 制度見直しの行方」(https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/485859.html)を報じました。政策当局にも、族議員にも、国民に対しても、ありきたりで八方美人的な論点の整理をしているだけで、問題を深める意図も、改善に向けた方向性も中身が丸でありません。心底がっかりです。
とくに、これからもっと高齢者の割合が増えることを根拠に、「負担引き上げ」の必要性と方針を予め前提した上で、議論を展開するところなど噴飯物です。東京2020も大阪万博も経費の増大分は、税金を投入しています。
「現役世代の負担をいかに抑えるか」というありきたりな論点も持ち出します。そういう前に、現在の高齢者は介護保険料だけでなく、何十年にもわたって多額の税金を払い続けてきた事実のあることを知らないとでもいうのですか。NHK受信料は65歳以上は無料にしてください。
その点、雑誌『世界』12月号(岩波書店)の特集「限界を生きる―超高齢化社会の老後とは」は実に読みごたえがありました。NHKの解説委員とは月とスッポンです。現在の福祉政策に共通する本質的問題点を指摘する内容であるため、児童福祉や障害福祉の関係者にもぜひ一読いただきたいと思います。
家族と地域は、すでにケアの資源として機能できなくなっているにも拘らず、育児と障害のある人や高齢者の養護・介護に係わる制度は今世紀に入って、ほとんど、本格的なアップデートをしていない問題点が指摘されています。
この中でとくに、小島美里さんの「訪問ヘルパーがいなくなる―問題だらけの介護保険―」(同誌98‐105頁)は、わが国におけるケアの現実を正鵠に捉えた労作です。
訪問ヘルパーこそ、できる限り自宅での自律的生活を継続するために必要な介護サービスであるにも拘らず、待遇は劣悪で、ヘルパーの高齢化が進んで若い人の入職もありません。大手の訪問介護事業所は介護度が高くて割のいい報酬を見込めるところだけに訪問先を絞る一方で、小規模事業所は要支援の安い報酬でも細目に訪問をするため、小規模事業所がどんどん廃業していくのです。
ところが、サービス付き高齢者専用住宅(サ高住)に高齢者をリロケーションすると、訪問介護にかかる移動時間が殆どなくなるため、介護報酬の一割ほどが減額されても「おいしい仕事」になると言います。
小島さんは、現在の介護保険制度は有料老人ホームとサ高住に高齢者をリロケーションすることを前提して制度設計されていると指摘します。ここで、特別養護老人ホームが登場することなく、多額の自己負担がつきまとう有料老人ホームとサ高住が「包括的支援システム」の社会資源に登場するところに、政策意図と制度の破綻が示されているのです。
埼玉大学に勤めていた間に私のゼミから巣立った卒業生の内、250人ほどは全国の自治体で福祉関係の仕事をしています。最近、多くの卒業生から届く声は、まことに深刻です。
国は、社会資源の拡充をほとんど図らないまま、自治体と地域に「地域包括ケアシステム」を作りましょうと、複雑なネットワークの絵柄を提示するだけで丸投げしてくるので、自治体の職員はどんどんやる気をなくして、役職に就くことだけをみんな回避するようになりました。
地域住民にとって実質的に意味のないことを「いかにもやっています」と形だけ作るのだから、本来は役職に就く順番の職員から辞退者が続いて、本庁の中でみんな困り果てる事態に陥っています。
その引き金は、介護予防の取り組みの「花形スター」だった埼玉県和光市元保健福祉部長が、生活保護受給者からの預かり金の詐取事件で逮捕され、7年の実刑判決を受けたことだと言います。
この元保健福祉部長が進めた政策は、介護予防事業でリハビリに力を入れると「介護保険からの卒業」が実現するという取り組みで、介護認定率が全国18%のところを、和光市はわずか9%になったという点で脚光を浴びました。
この元保健福祉部長は、一時厚労省に出向し、地域包括ケアの創設に係わる介護保険改正にも大きな役割を果たしたと言われています。
ところが、「介護保険からの卒業」の成果は事実の捏造で、真っ赤な嘘だったのです。介護予防運動やリハビリだけで要介護者の劇的な減少が図れるのであれば、高齢者ご本人がとっくに取り組んでいるはずです。
そうして、多くの自治体職員は、厚労省の政策の「お先棒をかついで、いかにもやりました」という役回りに嵌められてしまうのは、真っ平御免だと考えるようになっているのです。それほど、現在の制度は宙に浮いてしまっていることを国は直視すべきです。
紅葉のはじまり
長い長い夏が過ぎたかと思うと、一気に寒さがやってきました。紅葉を眺めながら、湯煙に包まれると至福ですね。