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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

過去最多の児童虐待と改正児童福祉法


 令和4年度児童虐待対応件数は21万9170件(速報値)と、過去最多を更新しました。

 この統計数値の発表は、今回で32回目です。昨年から政府は「異次元の子育て支援策」を看板に掲げてきた経緯を踏まえて、どのような報道内容になるのか注目していました。新聞各紙を買い求め、比較してみました。

 各紙の報道は基本的にこども家庭庁の発表通りで、ほんの少し違いがある程度です。子ども虐待発生には多様な要因があり、虐待死亡事件が虐待事案の典型例ではありませんから、子ども虐待の多彩な実態に迫る多様な報道があってもいいのではないでしょうか。

 たとえば、東京新聞は、都道府県別の虐待件数の最多と最小を報じています。東京都の2万705件が最多で、鳥取県の148件が最小です。

 これを同年(10月1日現在。総務省統計局)の15歳未満の人口推計で児童10万人当たりの虐待件数を割り出すと(小数点以下四捨五入)、東京1310件、鳥取218件となり、6倍の開きのあることが分かります(本来なら18歳未満人口で割り出すべきですが、入手できる統計数値の制約から15歳未満で計算しました。目安としての意義は十分だと考えます)。

 この開きが虐待そのものの実態格差であるとはとても考えにくく、都道府県ごとの児童虐待防止の取り組みの格差が反映している問題はないのか等、国による検証課題を指摘する必要もあったのではないでしょうか。

 さて、来年の4月に改正児童福祉法が施行されます。今回の改正は、重篤な虐待死亡事案の防止や、子育てを取り巻く厳しい環境に対応する支援の拡充が盛り込まれました(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/jidouhukushihou_kaisei.html)。

 改正法に盛り込まれた新たな施策には異論はなく、着実な施策の充実が期待されます。

 とくに、児童養護施設等の入所の措置解除された若者の、児童自立生活援助事業の対象年齢の制限の弾力化(従来は22歳まで)と「教育機関に在学していなければならない」等の要件の緩和には、遅きに失した感はあるとはいえ、都道府県が有効に活用してほしい改善策です。

 日本でも活動の広まりを見せている「SOS子どもの村」(https://www.sosjapan.org/)の発祥の地であるオーストリアなどでは、支援の年齢制限は全くありません。大学院の博士課程への進学も可能ですし、職人(マイスター)として高度な技術取得のための訓練機関の利用も年齢制限なく利用できます。

 1970年代、養護施設の子どもたちは「15歳の春」に自立することを強要されました。それから半世紀たってようやく支援の年齢制限が「弾力化」されたのですから、積極的な制度活用が期待されます。

 今回の改正児童福祉法による施策の中で懸念するところは、地方への「丸投げ型分権化」が、自治体間格差をこれまで以上に拡大するのではないかという問題です。

 たとえば、「子育て世帯に対する包括的な支援のための体制強化及び事業の拡充」の柱に「市町村こども家庭センターの設置」と「サポートプランの作成」があります。(センターの名称に「子ども」ではなく「こども」が使われているのは、恐らく「こども家庭庁」の名称に合わせたのでしょう。注意を向ける点はそこ?)

 虐待防止の取り組みは、虐待死亡事案に至るような重症度の高いケースだけでなく、広範囲に存在する子育て困難への対応が必要不可欠です。

 今回の改正児童福祉法において明らかにしている厚労省の課題意識の一つが、「子育てを行っている母親のうち約6割が近所に『子どもを預かってくれる人はいない』といったように孤立した状況に置かれている」実態に即した支援の拡充にあることは的を射ています。

 この課題に即して、「こども家庭センター」は、次のような役割を担います。

 新しい「センター」は、これまでの「子ども家庭総合支援拠点」と「子育て世代包括支援センター」を見直し、妊産婦・保護者・子どもにとって身近な子育ての支援の施設・事業所(保育所、認定こども園、幼稚園、地域子育て支援拠点事業等)に業務の一部委託を含めた密接な連携を図ることによって、サポートプランを作成し、地域の必要な社会資源のネットワークにつなげて支援を充実する拠点です。

 このセンターの業務は、次の通りです。
〇児童及び妊産婦の福祉や母子保健の相談等
〇把握・情報提供、必要な調査・指導等
〇支援を要する子ども・妊産婦等へのサポートプランの作成、連携調整
〇保健指導、健康診査等

 センターからつなぐ地域の多様な社会資源は、次のような例が挙げられています。

 子ども食堂、訪問家事支援、保育所(保育・一時預かり)、教育委員会・学校(不登校・いじめ相談、幼稚園の子育て支援等)、放課後児童クラブ・児童館、子育てひろば、家や学校以外の子どもの居場所、医療機関、産前産後サポート・産後ケア、障害児支援等。

 ただ、ネットワークによって支援の充実を構想する施策の「美しい絵柄」を見ると、歳を取ったせいか、血圧が下がるのか、私は目眩(めまい)に襲われます。

 多くの市町村では、センター職員の他の仕事との兼務は当たり前で、煩雑で神経を使う連絡とコーディネートに、当事者との面会・相談と、やるべき仕事は「てんこ盛り」。

 「ネットワークによる支援の充実」ですから、センター設置に伴う職員増はありません。センターの頭に正規雇用職員を据え、その他すべては非正規を当てて「形だけ整えたセンター」が横行するかも知れません。

 一部業務を「身近な子育て支援施設・事業所(保育所等)」に委託すると、「センターとの密接な連携」が進むどころか、委託先への「業務の丸投げ」と両者の「機械的な仕事の分担」が進むだけです。これでは「名ばかりセンター」で、センター機能は拡散します。

 子ども、妊産婦、障害のある人、高齢者などを支援するさまざまな施策の実態は、すでに自治体間格差が年々拡大しています。

 たとえば、2009(H21)年施行の児童福祉法で明記された特定妊婦への取り組みについてです。朝日新聞は特定妊婦が「過去10年で10倍8300人」となり支援が広がりつつあることを報じています(https://digital.asahi.com/articles/ASR986QBGR97UTFL00V.html)。

 ところが、「特定妊婦」の判断基準は明確ではなく、地域(自治体)によっては、現に困っている妊婦が何も支援を受けられない事態が続いてきました。そして、「特定妊婦」の判断基準が自治体の裁量に委ねられる基本問題は、来年4月施行の改正児童福祉法でも改善されることはありません。

 このようにみてくると、先述した「こども家庭センター」をコアとしてネットワークで支援を充実するという絵柄は、ますます市町村自治体による支援水準の格差拡大につながるのではないでしょうか。

 地方分権型の施策の推進は、地域の実情に応じて実効的な取り組みのゆたかさにつながるところに本来の意義があるはずです。ところが、子育て支援や、障害者虐待防止・高齢者虐待防止等の取り組みの実態に迫ってみると、市町村によっては「取り組んでいます」という形だけのアリバイを作るだけで、その内実には途方もない格差のあることが分かります。

 特定妊婦の支援に対応できる市町村の割合は2割強程度といいますから、朝日新聞が報じた「過去10年で10倍8300人」という人数も実数をかなり下回る可能性が高い。これまで特定妊婦を支援してこなかった自治体に、新たな支援の拡充に期待することは難しく、多くの特定妊婦が放置されたままになる心配があります。

 女性と子どもの人権が市町村の取り組み格差によって大きく左右される実態は、法の下の平等を定めた日本国憲法に反する事態です。これからも「従来と同次元の子育て支援策」を続けるのでしょうか。

大きくなりました

 木苺の枝を整理していると、ひょっこりカマキリが現れました。こいつが庭にいると、何だか心強い。カメムシやゾウムシを駆除してくれる期待もありますが、そんなことより「庭が生きている」実感をもたらしてくれます。