宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ
疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。
- プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)
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大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。
知床遊覧船沈没事故と施設従事者等による障害者虐待
乗客ら20名が死亡、6名が行方不明となった知床遊覧船沈没事故から、この23日で1年が経ちました。この事故には、施設従事者等による障害者虐待と発生構造において通底するものがあります。
遊覧船を運行していた「知床遊覧船」の社長は、読売新聞の取材に次のように答えています(https://www.yomiuri.co.jp/national/20230422-OYT1T50281/)。
日本小型船舶検査機構(JCI)が事故の3日前に実施した検査を通過していたのだから、車で言えば「車検に合格」しているのであり、船の運航や船体管理についての素人である自分に責任はなく、亡くなった船長の責任である、と。
甲板下は、前方から船倉、船倉、機関室、舵機室に分かれて、それらを仕切る3つの隔壁があります。これらの隔壁には縦横80cm程の開口部があり、2021年4月の定期検査では、機関室の消火設備の能力を確保するため、機関室前後の隔壁の開口部を塞ぐよう指示されていました。
沈没船引き揚げ後の現場検証で、これらの隔壁はいずれも木の板が破損し開口していたことが確認されています。この点について、運行会社の社長は、隔壁のない、浸水すればすぐに沈没してしまうような「怖い船」を日本小型船舶検査機構が「検査で通しちゃった」のだと言い張っています。
知床遊覧船では、この事故が起きる以前においても、複数の重大事故が発生しています。
2021年5月、カムイワッカの滝の北東で海上に浮遊していたロープに接触した衝撃で甲板の椅子がずれ、座っていた乗客3名が打撲などの軽傷を負った事故。この事故は社外の人物からの通報で発覚しました。
2021年6月、「KAZU I」がウトロ漁港近くの浅瀬に乗り上げ、自力で離礁してウトロ漁港に戻った事故。乗員2名、乗客20名にけがはなかったものの、北海道運輸局の報告書は、事故の発生時に適切な見張りを確保しておらず、船員法に違反したことを指摘しています。
そして、この沈没事故が発生した当時、同社のホームページに謳われていた宣伝文句は、「秘境知床が神秘のヴェールを脱ぐのは、船の上だけです―」。実に、魅力的なことば!?
それでは、このような知床遊覧船沈没事故の発生要因と施設従事者等による障害者虐待の発生要因がとれほど通底しているのかをみてみましょう。
船の運航や船体に係わる専門性が全くなく、責任の所在の自覚もないために、すべての責任を現場の人間になすりつけるだけの社長。障害者支援に係わる専門性は全くなく、管理運営に対する責任の所在も自覚もないために、虐待発生の責任を現場の人間になすりつけるだけの管理者。
最悪な大事故の発生につながりかねないアクシデントを事前に確認していながら、リスクマネジメントを怠る遊覧船会社の組織運営。障害のある人の命と健康に係るアクシデントの発生が確認されているにもかかわらず、それらを放置して重症度の高い虐待事案を発生させてしまう事業所・施設とその組織運営。
重大事故の発生に対応する行政機関は、沈没事故の発生を予防するために必要十分な役割を果たさず、乗客の犠牲者を出してしまった上に、社長の「JCIが怖い船の検査を通しちゃった」という「開き直り」まで招いていること。行政機関が施設従事者等による障害者虐待防止のために必要十分な指導監督役割を果たさないまま監査を通し、「指定障害者支援事業所・施設として行政からお墨付きをもらっています」という「開き直り」を与えてしまっていること。
そして、「ホームページ上に謳われる甘く崇高なメッセージ」は、知床遊覧船と多くの障害者支援事業所・施設に共通しています。
先の3月31日、東京都は、利用者への虐待と給付金の不正受給があったとして、障害者支援施設の運営団体「自立支援塾」(東京都青梅市、白井理子代表理事)に対する障害福祉サービス事業者としての指定を取り消すと発表しました。
東京都が認定した虐待の被害者は6人、関与を認定された職員は少なくとも5人以上、不正受給額は約2億2800万円に上ります。
この団体の虐待発生は、都の確認した範囲内でも複数の事案があり、被害者も加害者も複数いますから、日常的で組織的な虐待発生のあったことを疑う余地はありません。
しかも、給付金の不正受給はまことに悪質です。パン工房の就労継続支援B型事業所で発生した不正受給は、何も取り組んでいない日にも訓練をしたとして給付金を請求し、利用者に支払われるべき工賃についても、「預り金」として勝手に差し引き、組織運営の不足分を補填していたというのです。
この不正の塊のような「指定障害者支援事業所・組織」は、今回の虐待事案が明るみに出るまで、虐待と不正を繰り返してきたのでしょう。それでもこの法人の名称は、「自立支援塾」であり、この法人の合言葉は「がんばる」です(https://www.ziritu.net/)。
介護や就労継続だけでなく、ボクシングや少林寺拳法の取り組みもしており、恐らく、障害のある人とそのご家族には付加的なサービスを提供して利潤を上げようとしていたのでしょう。放課後デイサービスなどで今流行りの「ビジネス・モデル」ですね。
この法人は、虐待の発生と給付金の不正受給に「がんばる」のですか? どうしてこのような悪質な法人組織が、2005(平成17)年に認証されて以来、東京都の監査を「通過し続けてきた」のでしょうか?
これまでの虐待防止の取り組みにおける決定的な問題は次の通りです。
行政による指定障害者支援事業所・施設に対する、虐待防止に資する事前の指導監督は、実質的に何も機能していません。虐待の発生後に、通報による事後的な対応をしているだけで、この事後的な対応スキームについても、その後の虐待防止につながる有効性がどこまであるのか心許ないだけの対応内容に過ぎない。
そもそも、自治体職員の中に、障害者支援と虐待防止に係わる専門性を持っている人がどれほどいるのでしょうか。自治体から現業業務がなくなってしまったのですから、形式要件を振り回すだけの指導しかできない職員が圧倒的大多数になっています。
自立支援塾の虐待事案については、傷害容疑で起訴された職員について執行猶予付きの有罪判決が、暴行容疑で起訴された職員については罰金50万円の略式命令がそれぞれ出ています。ここで、管理者の社会的責任や刑事責任は一切問われないのです。
このような法人組織の管理者は、これまで私が虐待事案に係わってきた経験的事実にもとづくと、虐待防止に取り組む目的意識・能力(専門性)など皆無に等しく、虐待と思われる事実を知っても通報する気さえ全くありません。
場合によっては、虐待の発生に対する管理者の責任を具体的に問うための、懲罰的な罰則対応を行政ができる権限を設けることは、必要不可欠だと考えます。虐待が現場で発生しているにも拘らず、何も反省しない管理者の方が圧倒的に多いからです。
利用者を「仲間」と詐称する施設が幾重もの虐待を繰り返しているにも拘らず、特定の管理者が組織を支配し続けている法人。
ホームページで「この丘に吹く風は優しさ、温かさ、思いやり」であり、「ここにいる人たちのみんなの幸せ」を作るところであるかのように謳う法人は、虐待防止研修を途中で打ち切ったまま何もせず、そもそも虐待通報をしないように導くマニュアルを内部的に作成している管理者が、同族経営の下でのさばっています。
2000年の社会福祉基礎構造改革は、社会福祉の実施体制を事後的な管理対応システムへと転換させました。このような「構造改革」は、社会福祉事業だけでなく、様々な政策領域で断行されてきました。
このような事後的な対応システムへの転換の下で発生した「軽井沢バス転落事故」や「知床遊覧船沈没事故」などの事件によって、どれほど尊い命の犠牲を出してきたのでしょう。これと同様に、施設従事者等による障害者虐待が統計上の「対応事案」の数値として明らかにされるまでに、すでに夥しい数の犠牲者を障害のある人たちに強いていることは間違いないのです。
つまり、このような構造改革が人権擁護と相容れるものではないという社会的で歴史的な結論は、すでに出ているのではないでしょうか。
ニホンザルの群れの移動
あるローカル線の踏切を車で通り過ぎようとしたとき、列車の通過ではなく、ニホンザルの群れの移動が「遮断機」となって、通行を阻まれました。群れには、20匹以上のサルがいたように思います。食べ物を求めて移動しているのでしょう。ニホンザルには、生きる場所を求めて移動する自由があるのですね。