梶川義人の虐待相談の現場から
様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。
- プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)
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日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
あしたのために(その1)=基礎練習=
先日、介護職を目指す学生が、雑談のなかで、「腰痛を防ぐ動作の理屈はわかっているが、面倒くさいので、つい力任せに動く」と話していました。
学生のこの発言は、腰痛が介護職の職業病である事情を、端的に表していると思います。これでは、痒い所に手が届くマニュアルがあっても、あまり役に立ちません。では、どうすればよいのでしょうか。
私は、知識を行動にうつすには、それなりの練習が必要なのだと思います。
スポーツ選手は、毎日のように練習します。「練習を1日休むと3日分後退する」と言われるように、まさに弛(たゆ)まずに、です。だからこそ、本番では、意識しなくても、ちゃんとしたパフォーマンスを発揮ができます。
同様に、腰痛を防ぐような身体の動きだって、やはり意識しなくてもできるように、練習する必要があるというわけです。
動作を助けるパワーアシスト技術も進化していますが、その技術を活用するには、また別の練習が必要になります。ですから、練習が必要なこと自体に変わりありません。
そもそも、知識はあっても実践できないというのは、普遍的な問題であり、対人援助職も御多分にもれず、です。
もっとも、現場にいながらにして練習を積むのは、案外難しいものです。
それは、スポーツ選手にとっての本番、すなわち試合の時間や頻度は、それほど長時間でも頻繁でもないのに対し、多くの対人援助職にとっての本番は、勤務時間のすべて、勤務日のすべてに及ぶため、本番より遥かに長い時間を練習に費やすことは不可能だからです。
そこで、何とか工夫をしないといけません。研修への参加というより、日々どうやって練習を積むかです。
むろん、虐待の対応にも当てはまりますが、私は、本番イコール練習となる体系的な方法の必要性を感じています。あくまでも、私見に過ぎないのですが、次のようなことがポイントになると思います。
第1に、練習により磨きたい能力は、「知識」と「技術」と「技能」の3つだという点です。ここでは大雑把に、「技術」はより単純なもの、「技能」はより複雑なものとしました。
第2に、3つの能力は、磨くのに要する時間が異なっており、知識、技術、技能の順に時間がかるという点です。したがって、初心者は知識、中級者は知識と技術、上級者は知識と技術と技能を獲得している、といったイメージになります。
第3に、問題解決のマネジメント・サイクル(発見、事前評価、計画立案、計画実施など)の段階によって、求められる能力が異なるという点です。概ね、前半は知識、中盤は技術、後半は技能の要素が濃くなります。
以上から、一般的には、個別の事例対応を通じて、問題解決のマネジメント・サイクルの全段階を、繰り返し経験するうちに、3つの能力を獲得ないし磨いていくことになります。
これを、練習の観点からみると、初級者は「知識を意識しなくても用いることができる技術」の、中級者は、「知識を意識しなくても用いることができる技術と技能」の練習をしているのだと言えます。
このことを意識するだけでも、練習の効率と実効性は向上すると思いますが、実は、最も肝心なことが抜けています。それは「基礎練習」です。
職種や役割によってその内容は異なりますし、常に「本番」に臨んでいるような仕事では、忘れやすいでしょう。だから、軽視されるのも頷けますが、それでもなお、基礎練習を怠らないことこそが、本番イコール練習を成功させる最大のポイントだと思います。
よく「実践に勝る効果的な練習方法はない」と言われます。しかし、これはあくまでも、基礎練習を前提にしての話だ、という気がしてなりません。