梶川義人の虐待相談の現場から
様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。
- プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)
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日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
高齢者虐待防止法成立10周年
高齢者虐待防止法(高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)は、平成17年11月9日に成立し、平成18年4月1日から施行されました。成立は既に10周年目を迎え、施行は来年度に10周年目となります。
十年一昔、事例の実態や対応の実情に関して、新たにわかってきたことも多く、状況の変化も大きいと思います。
そこで、私が望む法改正のポイントについて、徒然なるままに書き記したいと思います。
第1は、虐待行為があっても、高齢者虐待防止法の定義の適用外で、同法に基づいた対応ができない、あるは、なされない問題の解消です。
最近よく報道されている、著しくケアの質が低いお泊りデイサービスや、身体拘束が常態化している制度外ホームように、虐待の行為者類型である「養介護施設従事者等」に該当しない事例にも、対処できるようにしなければならないと思います。
また以前から議論のあった「セルフ・ネグレクト」についてを、この法に含めるか否かの検討、もし同法に含めないなら、別途、法制化の道を検討する必要があると思います。高齢者の孤独や孤立が社会問題化するなか、相当数発生していると考えられるからです。
高齢者虐待防止法は、高齢者、行為者類型、行為類型などを、直接的に定義しているため、状況変化に法の改正が追いつかない恐れがある、ということです。まさに「危険ドラッグ」の問題と同じ構造です。
そこで、包括的な定義をして、漏れなく対応できるようできればいいと思います。参考までに、高齢者虐待問題のパイオニアである高齢者処遇研究会では、「親族など主として高齢者と何らかの人間関係のあるものによって、高齢者に加えられた行為で、高齢者の心身に深い傷を負わせ、高齢者の墓本的人権を侵害し、時に犯罪上の行為」と定義していました。
第2は、行為類型に関して、「行為類型は、実態に照らして、そもそも本当に妥当なのだろうか」という疑問の解消です。
たとえば、「身体的虐待や性的虐待に遭えば、心理的にも相当なダメージを負う。だったら、心理的虐待だとも言えるのではないか」といったことです。事実、児童虐待では、面前DV(親が子どもの目の前で配偶者などに暴力をふるう)についてもその影響を考慮し、心理的虐待に含めています。
虐待の英訳は”Abuse”で、身体的虐待、性的虐待、精神的虐待が含まれます。そして、ネグレクト(Neglect)と経済的虐待(Exploitation)は、別扱いとされることが多いのですが、妥当性を意識してのことかもしれません。
身体拘束の取扱いの妥当性も気になります。たとえば、居室の施錠などは、身体的虐待というより、「心理的虐待やネグレクトにあたるのではないか」といった具合です。
現在、不当な身体拘束は、原則は虐待にあたるとされていますが、どの行為類型に該当するかは、事例ごとに検討されます。しかし、障害者虐待防止法では、条文(第2条第6項一イ)に「正当な理由なく障害者の身体を拘束すること」の行があって、それなりに整理されています。
科学的な実態解明のためにも、行為類型の妥当性は、是非向上させたいところですが、今のところ、英語に対応させて、虐待(身体的、性的、精神的)、ネグレクト、搾取に整理するくらいしか、アイデアが浮かんできません。
第3に、介護サービスの苦情事案、警察の扱う事件、病院での死亡例などのなかに、虐待が含まれているのではないか、と気になります。それぞれの分野で対応されているにせよ、高齢虐待として把握しないのでは、「事実」を踏まえられなくなります。
こちらについては、養介護施設従事者等のみならず、高齢者に関わりがありそうな従事者の使用するアセスメント様式などに、「虐待のリスク管理」の1項目を入れると、効果的なのではないか思います。