梶川義人の虐待相談の現場から
様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。
- プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)
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日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
ナッジ理論でブレークする?
ナッジ理論で行こう
つい先日、行動経済学の「ナッジ理論」をテーマにしたテレビ番組を視聴しました。ナッジ理論は、人が望ましい行動をとれるよう後押しする、行動科学的なアプローチです。興味深いのは、罰則やインセンティブを与えるようなことをしない点です。
ではどうするのか。人が意思決定する場合の環境をデザインして、自発的な行動変容を促すのだといいます。男性用の小便器の底にハエの絵を貼り付けたら、皆ハエに当てようとするので、飛沫を80%も減らせたといいます。
他にも、階段をピアノの鍵盤のように塗ったら、エスカレーターより階段を使う人が増えた例や、喫煙所に2択式の質問を書いた灰皿を置き、吸い殻を入れて質問に答える仕組みにしたら、ポイ捨てがかなり減った例などが紹介されていました。
大問題の食品ロスについても、小さなお皿に変えるだけでも大いに減らせるといいますから、ナッジ理論恐るべしです。興味をもって調べたら、すでに厚生労働省も「明日から使えるナッジ理論」で紹介しておられました。
私は、すっかりナッジ理論が気に入りました。また、他分野の研究を虐待防止に活かそうとするのは私の癖のようなものですから、虐待防止の取り組みにナッジ理論を活用しようと思案する日々がしばらく続く予感がします。
他分野からの学び
ところで、こうした予感は、20年ほど前、建築学の研究者の方々と、環境心理学的な研究に関わらせて頂いたことを思い起こさせます。アンケート調査やインタビュー調査の方法から統計分析の方法に至るまで、本当に勉強になりました。
被検者に物事を自由に定義して貰うことで、その着眼点を明確にする「定義法」もその1つです。冷蔵庫を「白くて、大きくて、重くて、高価で、暑い時に頭を突っ込みたくなるもの」と定義した人の着眼点は、色、大きさ、重さ、値段、機能だという寸法です。
この方法を真似て、研修参加者に「虐待事例」を定義して貰ったら、相当数の人々が「関わりたくないもの」と定義したのにはハッとしました。そして、どうすればこうした「忌避感」を低減できるか、研修に工夫を凝らしたものです。
潜在的ニーズに迫る
今でも、受講予定者への事前アンケートに基づいて研修内容を決めることはよく行います。これは一見合理的にみえますが、実は多様な顕在的ニーズを足し合わせるだけです。したがって、内容は自ずと総花的なものとなります。
しかしこれでは、広く浅い内容になるだけで、肝心要の潜在的なニーズには迫れません。そのため、この障壁をナッジ理論的な発想でブレークスルーできないか、と考えているというわけです。むろん、当事者への対応に関しても同様に考えています。
「食品ロス撲滅活動実施中!」
「ただの食べ過ぎでは…」