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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

枕の小三治

アイドリングと準備性

 落語は、枕と本編とオチで構成されます。そして、大抵の落語家の枕は、本編へのつなぎとして本編と何か関係のある話になります。しかし、人間国宝・桂小三治師匠の枕では、本編とは関係ない話が長時間に及び、その独特さから「枕の小三治」と称されました。

 師匠は何故、こうした枕をするようになったのでしょうか。実は、これがなかなか含蓄深いのです。師匠は、枕を本編への導入部ではなく、エンジンのアイドリングのようなものだと捉えていたそうです。言わば、本編に入る前に、観客に準備運動を促すわけです。

 自動車なら、アイドリングしておくと、いきなりアクセルを踏んでエンジンに大きな負担をかけることがありませんから、出発後は快調にドライブできます。落語の場合も同様に、独特の枕により観客は、心底本編を楽しめる状態に誘われる、という寸法です。

 虐待事例の個別対応も、相手が次の段階に進む準備ができているか見極めながら進めますから、通じるところがあります。これが的確なら、相手を型にハメてしまいがちな対立的介入でさえ、相手が自ら好んでハマっていく展開にすることができます。

 小三治師匠はよく弟子に、「押しつけがましい話し方はダメだ。相手からこちらに寄ってくるように話せ」と言っていたそうです。観客が十二分に本編を楽しめるように心を砕いた師匠らしい言葉ですが、個別対応にも当てはまる金言だと思います。

ケチの本質を見抜く

 もっとも、こちらに寄ってくるように話すには、相手の心を知らないといけませんが、「相手の心を知る」と聞くと、良く思い出す話があります。それは、あるチャリティー活動の主催者が、ケチで世間に名の通ったお金持ちに寄付をお願いするという話です。

 主催者ははじめ、ケチで有名なお金持ちが寄付してくれれば、より多くの寄付が集まるだろうと思い立ちます。ところが、「ケチだから高級料理などは食べたことはないだろう。だから、高級料亭で接待すれば喜んで寄付してくれるだろう」という読み違いをします。

 案の定、お金持ちは激怒して「こんな無駄遣いを平気でするような人がお金を有効に使えるとは思えない。びた一文寄付はしない」と言って帰ってしまいます。困った主催者は必死になり、お金持ちの言動からその心を読み解こうとします。

 そして主催者は、お金持ちは、そんじょそこらのケチではなく、本当にお金の価値を知る人物ではないか、と思い至ります。そこで今度は、デパ地下の無料の試食コーナーに誘い、本当に良い品物を、何故良いのか説明しながら案内して回ります。

 果たして、お金持ちは機嫌を直して、多額の寄付をしてくれました、というオチなのですが、少々出来過ぎているので、創作された話かもしれません。ですが、相手の心を的確に読み解くことの価値については、よく表現されているように思います。

「超特価!お味はそれなり~!!」
「正直ではあるのでしょうが…」