梶川義人の虐待相談の現場から
様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。
- プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)
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日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
起こるべくして起きる奇跡
私は、高齢虐待に取り組み始めた当初から「防犯や防災に学ぶ点は多い」と考えてきました。それは防犯や防災の分野が、実学としての色が濃いからですが、今回は、防災分野の「釜石の奇跡」を取り上げてみたいと思います。
「釜石の奇跡」とは、東日本大震災の津波に際して、釜石市内の小中学校の子どもたち(全約3,000人)が、群馬大学の片田敏孝先生(災害社会工学)による訓練のとおりに避難し、生存率99.8%であったことに由来します。
子どもたちの受けた訓練は、片田先生の提唱する「避難の3原則」に基づいていますが、虐待防止にも当てはまる、とても良い教訓だと思います。
1 想定にとらわれるな
自然災害被害の予想範囲を地図化したハザードマップがあります。ご覧になって「大丈夫だ」とか「ヤバイ!」と一喜一憂された方も多いと思います。しかし、このマップを過信し「自分は大丈夫」と思い込み、避難が遅れることが少なくないといいます。
これは、私たちは自分にとって都合の悪い事実は、過小評価するか無視する傾向があるからだそうですが、虐待への気づきにも、そのままあてはまりそうです。
私も研修では、思い込み(偏見)や勉強不足が虐待の気づきを妨げるとして、注意を促しています。
「あれっ?」という自らの感覚を大切にしたいものです。
2 率先避難者たれ
この原則について、よく「人を助けずに自分だけ逃げるというのは如何なものか?」という疑問を投げかけられるそうです。しかし、この原則のココロは、「まずは、自分が生存しないことには、人は助けられない」ことにあるといいます。
「釜石の奇跡」でも、子どもたちは、「海岸で大きな揺れを感じたときは津波が来るので、一刻も早く高台に逃げて、自分の命を守れ」と訓練されました。家族にもかまわず一目散に、というのですから、まるで、「コロンブスの卵」のような発想です。
しかし、私は、この原則にとても得心がいっています。
「本当の幸せは、自分と他者が活かし合わずしては得られないが、自らの幸せの追求なくしては、このことに気づけない」と思うからです。
つまり、「本当の意味では幸せでないから、虐待をされる、虐待をする、虐待への対応も上手くいかない」というわけです。
そこで、研修ではときどき、「虐待されたくなく、虐待したくない、虐待に上手に対応したい、と思ったら、まずは、本気で自分の幸せを追求することだ」と伝えるようにしています。
3 最善をつくせ
防災であれ虐待防止であれ、文字通りの意味ですが、各々の主体的な創意工夫こそが肝要です。
トヨタ自動車のコマーシャル「トヨタと少年/全部品検査篇」では、自動車を全て分解して一から見直す、お家芸の「カイゼン」がアピールされていますが、「上からの命令だから仕方なく」というのではないところがミソだと思います。