梶川義人の虐待相談の現場から
様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。
- プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)
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日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
ツタンカーメン王のお墓は何故小さい?
国によって虐待者の類型は異なる
私は、「虐待」や「DV」に関連したWeb上の最新情報を自動通知してくれるツールを使っています。おかげで、偏った情報のシャワーを毎日浴びているような状態ですが、国内外の最新情報をいち早く知ることができます。そしてつい先日、米国のコーネル大学と加国のトロント大学による、高齢者虐待に関する最新の研究結果を知って驚きました。
10年間で630人近くの参加者を追跡したところ、今後10年の間に、ニューヨーク州の高齢者のうち、10人に1人以上が虐待の被害に遭う可能性があるというからです。東京都の高齢者人口を311万1千人とすれば、なんと毎年3万1千人に達する勘定です。
もっとも、虐待者の類型は国によって異なるため、単純に比較はできません。たとえば、虐待者の続柄を限定していない国も多いのに、わが国では養護者と養介護施設従事者等に限定しているからです。
実際、経済的虐待そのものである特殊詐欺について、被害高齢者の認知件数は年間11,587件もあるのに(警察庁「令和2年における特殊詐欺の認知・検挙状況等について(確定値版)」より)、虐待としてはカウントされていません。
然るべき数字は然るべく
ですから、より実態に迫りたいのなら、特殊詐欺の被害件数も加えたほうが良いかもしれません。障害者虐待にしても事情は同じです。特殊詐欺は障害者の方も被害に遭いますし、精神科の入院病床の多いわが国では、精神病院での障害者虐待も少なからず発生しています。
本来なら「ぎゃくたい」が正しいのに、「ぎゃく」と「たい」に途中で区切り、「ぎゃく」にばかり注目している、そんな座りの悪さを感じますし、言うまでもなく問題の実態に即して取り組まねばならないのですから、現在の行為者類型は本当に妥当なのか、当然の疑問も湧いてきます。
同じ文脈で、児童虐待には経済的虐待の類型はないため、就労する未成年の子どもが経済的に搾取されていても被虐待者にはなりませんし、多くのヤングケアラーが養護に欠けた状態に置かれ、ネグレクトだと認定されてもおかしくないのに、そうなってはいません。
こうなると、法や制度の建て付けのために、虐待という事象の実態が矮小化されているように思えてきます。数字の独り歩きは困りものですが、然るべき数字は然るべく捉えられるように、改善していきたいところです。
ツタンカーメン王のお墓が、他の王のお墓より極端に小さいのは、次に即位した王の陰謀により、本来入る予定であったお墓を横取りされたからだ、という説があります。虐待という事象の実態を、極端に小さいお墓のようにだけはしたくないと思います。
「小さいって可怪しいよネ」
「もっと騒いで!もっと!!」