梶川義人の虐待相談の現場から
様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。
- プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)
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日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
虐待と数学
難問「意見の対立」
新型コロナ禍や東京五輪など社会的に大きな出来事が続いており、実に多く意見の対立があると知りました。そのせいでしょうか、虐待事例に対応するチーム内での意見の対立もあわせて「何とかならないか」という思いを強めていました。
虐待事例なら、虐待認定する・しない、分離する・しない、誰が動くべきかなどについて、よく意見が分かれます。なかには、虐待事象よりむしろチーム内の意見の対立の方が深刻な例すらあります。
このような場合にどう考えれば良いか、それなりに書いてはきましたが、正直、釈然としない思いも残っていましたから、意見の対立の解決は、難問だと言えるかもしれません。そんな折、テレビ番組で視聴した数学を専門とする大学教授の講義は、大いに示唆に富むものでした。
私は門外漢ですから、正しく理解できていないかもしれませんが、一口に数学と言っても、数論、調和解析、幾何学などさまざまな研究領域があり、互いに関係はなさそうにみえるのですが、ある領域の超難問を別の領域の視点からみることで、スッキリ解決できることがある――のだそうです。
330年間誰も解けなかった「フェルマーの最終定理」という超難問はその好例であり、長年まったく関係ないと思われていた「谷山・志村予想」を証明することで解かれました。そして今では、互いに関係がないと思われていた領域間には、実は何らかのつながりがあり、究極的には数学のすべての領域はひとつに結びつくのではないか、という壮大なビジョンさえあるといいます。
解く鍵は「対称性」
領域ごとに見え方が異なるので分かりにくいのですが、「対称性」はつながりの1つなのだそうです。意見の対立も「対称性」なのだと考えると、解決の糸口が見えてくるような気がします。つまり、道教の陰陽太極の陰と陽のようなものだとみれば、虐待認定する・しない、分離する・しない、誰が動くべきかなどで、押し問答するのは得策ではないと分かります。
相手の翻意を試みるのは程々にして、翻意しない前提で、何をどうすれば良いか考えることに力を注ぐほうが建設的だからです。どのみち陰と陽でつながっているのですから、相手が翻意せずとも万事休すというわけではなく、対応方法をオーダーメイドすれば良い、というわけです。
したがって、目前の事例を実践例やマニュアルに当てはめる姿勢にしがみついていると上手くいきません。この点で、戦国時代に、信長や秀吉や光秀の命を預かり、家康に医術を授けた名医、曲直瀬道三の逸話は教訓的です。
道三は、それまでの医学の常識を打ち破って戦国の世に医学革命を起こしましたが、それは、患者を皆一様に医学書に当てはめて治療するマニュアル医療から、患者個々に治療を合わせて調整するオーダーメイド医療に転換したからです。
子ども「わぁ!対称だ、対称だ!」
大人「これで良いのかなぁ…」