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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

従事者目線による従事者教育は、明るい未来を開く

 生物学の分野では、バイオ・ロギングを用いた「動物目線」による研究が、世界的な注目を浴びています。

 人間を対象とする「当事者目線」の研究法といえるのは、量的には、看護学や介護学のタイムスタディ法、質的なら、文化人類学の参与観察によるエスノグラフィーあたりでしょうか。

 私も、こうした発想を好むため、できれば、従事者にカメラをつけてすべてを記録し、「従事者ロギング」したいくらいです。

 さすがに、それは叶いませんので、私なりの「従事者目線」によって得た、研修のノウハウを、ご披露しようと思います。

 まず、発見から事後評価に至るまで、一連の対応に必要な知識や技術を細分化してみると、130~140項目程度あります。

 そして、対応の段階を、仮に「発見・情報収集・事前評価・計画立案・計画実施」の5段階とすると、発見・情報収集は「知識系」に、事前評価・計画立案は「知識プラス技術系」に、計画実施は「技術系」に位置づけられます。

 つぎにこれらを、参加者の経験年数の3分類(初級、中級、上級)を勘案し、たとえば、ある程度の経験を持つ中級の参加者なら、「知識プラス技術系」の項目に力点を置くなどとすると、参加者に相応しい内容が、自然と浮かび上がってきます。

知識と技術対応の段階初級中級上級
知識系発見
情報収集
知識+技術系事前評価
計画立案
技術系計画実施
「◎強い、◯普通、△弱い」は、力点の置き方、言わば「研修の味付け」を示しています。

 もっともこれは、研修の狙いが、参加者をして「自分で対応できる」ようにすることにある場合ですが、研修の狙いは、他にもあります。

 おもなものは、「他者を対応できるようにする」スーパー・ビジョンやコンサルテーションに関するものや、「自分が虐待をしないようにする」ことを念頭においた従事者虐待の防止に関するものです。

 前者なら、「自分で」と「他者を」を入れ替えてアレンジすればよいのですが、「自分が」となると、それなりに工夫せねばなりません。

 経験的には、従事者がクライエントとの関係のなかで「良い仕事ができない」のは、知識、技術、自己効力感(要するに自信)が不足しているか、職業的客観性が欠如している、という感触があります。

 もちろん、これらは相互に関連しているのでしょうが、従事者が虐待をする最大の要因は、職業的な客観性の欠如であって、実はこれが一番厄介な問題である、という感じがしています。

 つまり、知識、技術、自己効力感は、それなりにトレーニングすれば解消できますが、職業的な客観性の欠如には、かなり個人的な部分にまで踏み込まないと、解消できないように思うからです。

 この点については、同一視や転移など、精神分析の用語によって説明されることが多いようですが、要するに、従事者が未解決な問題を抱え、それに囚われたままだと、偏向した立脚点からクライエントをみるため、クライエントを見ているようでいて実は見ていない、ことになるわけです。

 客観性を失っているのですから、当然、クライエントが持ち来す問題や問題状況についても、解決可能な別の方法を探そうとはせず、概していつも結果は悪いものになります。

 これは繰り返されて負のスパイラルに陥り、偏向は固着へとさらに強化されます。まさに、「これで良い仕事になるはずはないよ。わかちゃいるけど、止められない」です。

 本来なら、このブログ「私の世界、あなたの世界、そして私たちの世界」でご紹介した、共感中心や実現主体中心の立脚点を成立させるための支援や教育が、それも、できるだけ早期に施される必要があります。

 しかし、OJTであれOff-JTであれ、ここまで踏み込んだ支援や教育ができている事業所は少ないのではないでしょうか。「上司や先輩の言うことさえ聞いていればよい」とか、監査はあっても「基準さえ守られていればそれでオーライ」などです。

 ですから、私の目指す「実践、研究、教育が三位一体となった進展」の実現は、そう簡単ではないと思いますが、せめて、国のレベルで事例を検討し、結果を公表して貰いたいと願います。

 従事者による虐待は、それが最もあってはならない筈の対人援助現場において、国民の、身体・生命・財産が脅かされる事態であるにもかかわらず、件数が少なくて量的分析には不向きであり、質的分析だけが頼りだからです。