梶川義人の虐待相談の現場から
様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。
- プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)
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日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
井の中の蛙文脈を知らず
都内のグループホームの介護職員が、利用者への暴行容疑で逮捕されました。他にも数人の職員に心理的虐待を行った疑いがあるそうです。関係者による告発で発覚し、区による立入り調査も行われています。
私はテレビでこのニュースを知ったのですが、番組では発生要因として、認知症介護の大変さや介護現場の人材不足などを挙げ、「新型コロナの問題で家族の面会制限が始まってから虐待が顕著になった」という告発者の証言をもとに、外部の目が入らない危険性を指摘していました。
むろん、密室性の高さに比例して虐待発生の危険性が高まることに異論はありません。しかし、圧倒的多くのグループホームでも事情は同じなのに虐待は発生していませんから、詳しく分析する必要があると思いますが、私はこの事例を、集団病理の観点からみて中程度ではないかとみています。
第1に、発覚の端緒が関係者の告発である点です。つまり、前回取り上げた病院のように、知っていても声をあげない観客や傍観者ばかりではなく、声を上げた人がいたといういわば救いがあります。
第2に、いわゆる虐待予備軍が、密室性の高まりを機に虐待者化したが、間もなく発覚した点です。普通の職員が虐待予備軍を経て虐待者化する流れが蔓延していた病院より、ずっとましではないでしょうか。
もっとも、気がかりなことはあります。逮捕された元職員は、動機を問われ「利用者が言うことを聞かなかったから」と証言しており、虐待者の多くの証言に酷似しているからです。
「屁理屈はコントールフリークのお家芸」ではありますが、動機としての文脈がおかしい点が気にかかります。そもそも「言うことを聞くことが難しい」からこそ認知症や知的障害であり、それを理由にするのでは筋が通りません。
仮に「痛めつければ従うと思った」としても、「痛めつける」のは到底認められないのですから、やはり筋は通りません。痛めつけることなしに、言うことを聞いて貰える方法を工夫するとか学ぶというのが本筋です。
これができないなら介護の現場から退くほかないのですが、「虐待行為は、客観的事実を法の条文に照らして判断する」という文脈の理解は、介護の現場には浸透していないのでしょうか。思えば、認めて然るべき虐待を認めない支援者もいるので、正直心配になります。
たとえば、「それくらい身体を押したくらいで暴行だというのは厳し過ぎる」というなら議論の余地は残ります。よすがとなる判例だってあります。しかし、「いつものことだから」とか「親しい者同士の喧嘩だから」といって非虐待だとするのでは、まさに話になりません。
文脈を理解しない支援者は、即ち観客者として虐待を促進しますから困りものです。冒頭でご紹介したグループホームの件では、通報を受けた区はすぐに動いています。だからこそ、中程度で済んだのだ、と言えることに気づいて欲しいものです。
「文脈が可怪しいのネ!」